<第六章 谷本頭取の時代>
クーデター未遂事件(27)
約束通り3月13日の金曜日午後2時前に、首都圏本部長の谷本を訪ねて笹川常務がやって来た。東京の朝方は少し冷え込んだものの、その日は一日中晴天であった。日中の最高気温は風もなく16.8度を記録し、早春を思わせる穏やかな日和であった。
笹川が女性秘書に案内されて応接室に入ると、すぐに谷本がやって来た。秘書がお茶を出して退室するのを見計らって、谷本は、
「6日の取締役会議に植木頭取は出席されていたが、随分お痩せになって元気がないようにお見受けしたが、その後体調は良くなりましたか」
と聞いた。笹川は、
「いや実は、丁度あの日は前日の投薬の影響が出たと言っていました。今は体調も回復してきており、ご心配をおかけしたがもう大丈夫とのことです」
と、明るい声を返してきた。
谷本は、
「取締役会議に出席していた役員の間からも、植木頭取の容態を心配する声が出ていましたが、本当に大丈夫ですか。そうであればいいのですが」
と、奥歯にものが挟まったような話し振りであった。
笹川は、
「早速ですが、先日お話に上がった件ですが、今日ご返事を頂けるということでお伺いに上がりました。宜しくお願い致します」
と、言葉を選ぶように話した。
谷本は、
「まだ返事を言う前に聞くのは少し憚られるが、私が任期途中の退任を応諾すれば、その後のポストについては聞いていなかったので、ご参考までにお教え願いたい。まさかM商業開発会社の理事長への就任が復活するというのではないと思うが」
と、含みのある喋り方をした。
笹川は即座に、
「それはないです。今回絹田常勤監査役が3年の任期を迎えられます。植木頭取はその後任として谷本専務に常勤監査役になって頂きたいと申しております」
と言った。
谷本はすかさず、
「首都圏本部長になると、次は監査役へのルートが敷かれるということになるのかね。監査役の任期が今のところ3年だからそれに合わすために昨年私を再任し、今回途中退任を要請したということになるのかね」
と、皮肉交じりの喋り方になった。
谷本に見透かされたような言い方をされた笹川は、
「それはとんでもない誤解です。そんなことは一切ありません。昨年の暮、植木頭取が病気になられてから後継者を育成しようということになり、急遽谷本専務に任期途中の退任を要請したもので、決してそんな考えは持っていませんでした」
と谷本の考えを強く否定してみせた。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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