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経済小説

「維新銀行」~第一部 夜明け前(94)
経済小説
2012年8月 6日 07:00

<第六章 谷本頭取の時代>

クーデター未遂事件(26)
 
 谷本は首都圏本部の専務室に一人閉じ籠って、今後の話し合いの進め方について考えを廻らしていた。失意のうちに営業本部長の職を解かれ首都圏本部長に左遷されてから、既に2年9カ月が経過していた。その間何度か挫けそうになったが不屈の精神でじっと耐え忍んで来た。谷本は何度も「おいあくま」を口にした。「お」は怒るなであり、今の境遇にじっと辛抱せよと自分に言い聞かせた。「い」は威張るなであり、筆頭専務であっても周囲に対して遜る振る舞いを心掛けることにした。「あ」は焦るなであり、いずれ訪れる時機の到来を焦らずに待つことであった。「く」は腐るなであり、首都圏本部長という肩書だけの閑職に追いやられていても、決して心は腐らせないぞとの決意を秘めていた。最後の「ま」は負けるなであり、最終的には頭取の座を射止めることであった。この5文字の言葉には谷本の思いが凝縮されていた。

tell.jpg 谷本は暗いしじまに向かって心の奥底から「おい悪魔」と叫び、自分自身を自戒していたが、やっとその束縛から解放される絶好の時機を迎えた。
 高揚感を漂わせて谷本は維新銀行本店の笹川常務に電話を入れた。受話器の向こうに笹川常務の低い声が聞こえた。
 谷本は、
 「早速ですが先日打診を受けた件、遅くなったが返事をしたいと思う。明日は無理にしても明後日か明々後日か、都合はどうなんだろうかね。もし都合がつかなければ、空いている時間に合わせてこちらから本店に行ってもいいが」
 と、話しかけた。
 すると笹川は、
 「予定表を見ますので、ちょっと待って下さいよ」
 と返事をし、受話器の向こう側から笹川が予定表めくる音が聞こえた。
 すぐに、
 「今日は10日でしょ。11日、12日はどうしても時間がとれませんが、13日の金曜日の午後2時頃であれば、都合がつきますのでお伺いできますが、それで谷本専務のご都合は良いですか」
 と、訊いて来た。
 谷本は、
 「大丈夫です。それではご足労ですが、13日の金曜日の午後2時に待っています」
 と、答えて電話を切った。

 谷本は電話を切っても興奮が冷めなかった。首都圏本部長としてじっと辛抱してきた想いが走馬灯のように頭の中を駆け巡っていった。いよいよこれから頭取の椅子を廻る戦いが始まると思うと、体中が熱くなって来るのがわかった。そして3年近い間、谷本のために交際費を援助してくれた第五生命の山上正代の顔がふいと浮かんできた。
 山上から受けた援助のお礼を返すためにも、負けることのできない戦いだと思った。

(つづく)
【北山 譲】

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「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」

▼関連リンク
・「維新銀行」~第一部 夜明け前(1)


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