<第六章 谷本頭取の時代>
クーデター未遂事件(42)
植木会長は海峡市にある厚生会病院に入退院を繰り返し、前立腺がんの治療を受けていたが、1994年6月下旬に開催された株主総会後直後から容態が悪化。精密検査の結果、肝臓にもがんが転移していることが判明した。年齢的にも切除手術は難しく、医師団より、インターフェロンを併用した最新のがん治療薬を投与することで進行を食い止める治療方針が提示され、植木の長期入院による療養生活が始まった。
医師の見立てによると、余命は長くても1年と家族に告げられた。医師の予告通り、植木はほぼ1年後の1995年8月15日未明、呼吸不全に陥り、維新銀行代表取締役会長のまま、享年82才の生涯を終えた。
人事権を掌握し実質的な権力の座についた谷本は、谷野が取締役となった翌年5月の決算役員会議で、植木会長が認めなかった栗野を取締役候補に再度指名し、株主総会の承認を得て栗野は晴れて取締役に就任した。
それから9年後、植木会長から推薦を受けて取締役となり、その後に頭取となった谷野と、その翌年谷本の指名によって取締役となり、その後に会長となった栗野、この二人が取締役候補として争ったことが、後に展開する「頭取クーデター劇」の導火線になろうとは誰も予想することはできなかった。
いつの世でも同じことであるが、栄華を極めた平家も清盛の死とともに衰退し、1185年4月25日、壇ノ浦の戦いで源氏に敗れ滅亡した。在職60有余年におよび、頭取18年、会長2年と維新銀行のトップとして栄華を極めた植木の時代は終焉した。
平家物語の冒頭に
祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす
驕れる者久しからず ただ春の夜の夢の如し
猛き人もついに滅びぬ 偏に風の前の塵に同じ
遠く異朝をとぶらへば、秦の趙高・漢の王莽・梁の周伊・唐の禄山~
と謡われ、平家滅亡は物悲しい琵琶の音色に合わせて語り継がれている。
植木が危篤に陥ると、谷本は東京で植木会長が専用で乗っていたセンチュリーの売却を東京事務所長に指示した。植木会長と谷本頭取との確執が如何に激しかったかを物語るものであった。
植木会長の死を境に、維新銀行は、谷本が育てた組合出身者の役員と、維新銀行を舞台にわがもの顔で保険勧誘をする山上正代とのトライアングルによって、完全に私物化された銀行になっていった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものではありません。
「維新銀行 第1部 夜明け前」をご愛読頂き有難うございました。今回第1部を書き終えましたが、ひとまずお休みを頂いて9月中旬より、「維新銀行 第2部 払暁」を連載する予定にしております。第1話に引き続き、一地方銀行に起きた「頭取交代劇」(クーデター)を題材として取り上げます。
今後の展開をご期待下さい。最後に残暑厳しき折、読者の皆様におかれましては、くれぐれもお体をご自愛下さい。
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・「維新銀行」~第一部 夜明け前(1)
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