2024年04月24日( 水 )

川崎老人ホーム転落殺人事件(4)~介護職員の光と影

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第4回 仮想的有能感と現実 その2

 今井容疑者には「仮想的有能感」があり、それが今回の殺人事件の要因のひとつであると述べた。「仮想的有能感」というのは、「何の能力も知識もないのに、自分は他人より優れていると思いこむ錯覚」(速水敏彦教育心理学者の造語)のことである。他人を意味もなく見下す。若者に多いともいわれる。1983年2月、横浜市内で起きた路上生活者殺人事件を思い出す。犯人は20歳未満の少年たちで、その中のひとりは、「汚い浮浪者を始末してやった。町内美化に協力してやった。清掃してやったのに、なんで文句を言われるのか分からない」という内容の話をした。彼らに備わった差別意識と過剰な自信。まさに「仮想的有能感」そのものである。

sakura 結論をいおう。今井容疑者が起こした殺人事件は、殺した3人の入所者をはじめとする窃盗のもみ消し、口封じと介護ストレスを与えた「唾棄すべき人間」への‘報復’だと思う。おそらく3人の入所者に「お前が盗んだ」と口汚く罵(ののし)られたのだろう。いくら白を切ってみても、思いこみの激しい(認知症が進むことも含め)入所者を納得させることは不可能だ。この事実が他の職員に知られたら大問題。夜間は受け持つエリア(階ごと)も決められている。職員の目もない。防犯カメラもない。今井容疑者のなかには、入所者(高齢者)に対する憎悪感・忌避感はすでに芽生えている。差別意識は最初から持ち合わせている。「いっぱい死体を見ているから、死に対しての感覚がマヒしている。何とも思わなくなってきている自分が怖い」(「朝日新聞」3月26日)と、今井容疑者が友人に話している。「俺はこんなところで働く人間ではない。有能な俺が、人間として役立たずの入所者を始末して何が悪い」という意識。3人を抹殺することで、自分の犯した罪も、ここで働かざるを得ない自分の哀れな姿も、すべて清算できると短絡的に考える。

 横浜の事件にみられるように、「路上生活者」=「社会に不要な人たち」=「始末可能」という図式。今井容疑者も、「老人ホームに来る高齢者」=「社会に不要な人たち」=「始末してもいい」という同じ図式を描く。犯行後、自ら第一発見者を装い、得意の心臓マッサージという救急救命措置を施すことで、救急救命士としてのプライドを保った。報道記者にインタビューを受けても、臆することなく堂々と返答した。自己顕示欲の強さを表に出すことで自らの優秀さを誇示した。おそらくあのとき最も高揚した気分を味わうことができたに違いない。不安をかき消すには、「や(殺)ってない」と思いこむのではなく、「自分は不要な人たちを排除できる立場にある。何故なら他人より優秀だから」という思いこみ、すり込みを働かせることだ。

 しかし錯覚は事実を自ら認識した瞬間に瓦解する。「仮想的有能感」を失った人の蘇生には、薬物中毒患者の更生並に困難さを極めるだろう。唯一、そこに依存して生きてきたのだから。

(つづく)

 
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