2024年04月25日( 木 )

あえて言おう、「小選挙区制度は日本の政治を焼け野原にした」(3)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

SNSI・副島国家戦略研究所 中田安彦

 ただ、この小選挙区制度の定着は一つの大きな良くない副産物を生み出した。政党のリーダーには強力なリーダーシップが求められ、そのリーダーシップで生み出された「風」によって、二大政党の一方が大勝しすぎてしまい、俗に「チルドレン」と言われる、政治家としての教育も受けていない新人議員が大量に生まれてしまったのだ。小選挙区では、選挙区から当選者は1人しか出ず、得票率に比べて議席の占有率が高くなりやすい。2014年の衆院選では、自民党の小選挙区での得票率は48%だったが、議席の75%を獲得した。党本部主導で大量に擁立された未熟な新人のなかには、自民党の公約すらろくに理解していないまま当選し、初登院のときにメディアに「これから勉強します」とあっけらかんと答える議員もいた。そのような新人議員は、次の選挙でも党からの支援を受けるために、常に公認権をもつ党執行部の顔色をうかがうことになる。したがって、かつてのように自民党で派閥同士が牽制することもなくなり、新人はひたすら党総裁(今の自民党総裁は安倍晋三首相)やその取り巻きの意向を忖度(そんたく)するようになる。かつての民主党が圧勝した総選挙のあとにも小沢チルドレンが大量に発生し、同じ忖度の構図が生まれた。政治の劣化は、小選挙区制による政治家個人の魅力ではなく、政党の人気が左右する選挙によってチルドレンが次々と誕生していることと無関係ではない。

 世間一般に無党派層と言われる最大の勢力は、もともと支持している特定の政治家も政党もないので、二大政党制であろうが、自民党の一強体制であろうが、あまり関心がない。ただ、安倍政権が、教育勅語を教育現場で使うというような復古的価値観を閣議決定でいまだはっきりと否定しないことには、世論は懸念を抱くだろうが、震災時の大デフレ時代と重なった民主党政権に対するネガティブな印象のほうがまだ強い。さらに言えば、野党が提案しようとする新しいアイデアを野党が法案にする前に、ちゃっかりと与党が取り込んでしまうので、中間層対策でのアピールでも野党としてはいよいよ見せ場がない。先に紹介した政治学者の中北浩爾教授は、2016年の朝日新聞への寄稿で「有権者に政権選択の機会が与えられないような小選挙区制は、民意とかけ離れた過大な議席を最大政党に与えるだけの最悪の選挙制度である」とまで言い切っている。

 私の理解では、この野党のどん詰まり状況を生み出したのが、小選挙区制の導入による政治改革だったと言うことになる。保守とリベラルが政策をぶつけ合い、与野党で議論を繰り広げて政権を担当し合うというやり方は、小選挙区制で上の意向を忖度するだけのチルドレンが大量発生した今の日本の政治では理想論か、机上の空論に過ぎない。そもそも政党が「党議拘束」を掛けて党の方針に逆らって法案に反対した議員を処罰することが前提になっているような状態では更に不可能だ。小選挙区制を導入した責任者の小沢一郎・自由党代表はその問題点を是正するために、「党議拘束の禁止」を提唱しているが、比例復活という「既得権」を持つ与野党第一党が採用する可能性は少ない。アメリカの議会では党派を超えた投票行動が認められている。小選挙区制を続けるならばこの党議拘束を禁止する与野党合意が必要だろう。そうしないと政治にダイナミズムは生まれない。

 これ以上リベラル派の衰退が続き、自民党政権の閣僚が稲田防衛大臣や金田法務大臣のように、自らの担当分野について答弁をしっかりできない場合が続く場合には、中選挙区制に対する回帰を求める声が高まってくるかもしれない。自民党内で行き過ぎた保守化を押さえるリベラルな思想を持った派閥が、保守派閥と切磋琢磨し、中道の政治を実現するということもありうる。加えて、なんでも閣僚に答弁させるのではなく、閣僚の代わりに政府委員に答弁させるという「政府委員制度」の再評価も行うべきだろう。野党議員は政府委員という官僚と論戦を戦わせていた頃は、もっと質の高い議論をしていた。今の安倍政権は、総理大臣と多くの閣僚に必ずしも答弁能力があるわけではないので、言葉の勢いや詭弁で相手を打ち負かそうとしたり、稲田防衛大臣のように野党の追及に答弁に詰まって半泣きになってしまうことがしばしばある。

 要はかつての中選挙区制の与党内の疑似政権交代制を積極的に再評価すべきだということだが、これは総裁の権限が強くなる現在の小選挙区制度では難しいことである。しかも、野党第一党も現在の選挙制度で比例復活が保証されているとなれば、制度を変えようとは思わないだろう。小選挙区で落選する議員が多くても、民進党が100近い議席を持っているのは比例復活議員がたくさんいるからだ。

(つづく)

<プロフィール>
nakata中田 安彦(なかた・やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。

 
(2)
(4)

関連キーワード

関連記事