2024年04月19日( 金 )

人間は恐れながらも、自分を超える存在を望んでいる!(3)

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早稲田大学 文化構想学部 教授 高橋 透 氏

高熱患者の体温を下げるために、「殺す」という回答

 ――サイボーグ研究の進捗には本当に驚きました。もう一方のAIの研究は、現在はどこまで進んでいるのでしょうか。

 高橋 先に少しお話しした通り、現在のAIブームは「第3次AIブーム」と呼ばれています。
 1956年、コンピュータ研究者が集まったダートマス会議において、ジョン・マッカーシーという研究者が「Artificial Intelligence」(=AI)という呼び方を提唱し、初めて「AI」という言葉が研究者の間で使われるようになりました。この「第1次AIブーム」では、当時、自然言語処理による機械翻訳などが注目を集めました。
 しかしその後、さまざまな難問が指摘され、65年に機械翻訳はダメだという報告書が出て、AI研究は一気にしぼみ、冬の時代を迎えることになります。

 「第2次AIブーム」は、70年代から80年代にかけて起こりました。この時点ですでに「パーセプトロン」と呼ばれる現在のディープ・ラーニングの萌芽は芽生えていました。
 しかし当時のAIは、人間的な常識を持つことができませんでした。たとえば、「高熱患者の体温を下げるためにどうするか?」という設問に対して、「解熱剤を投与する」のほかに、「殺す」という回答を出してくるといった具合です。
 そして第2次ブームも去り、再び冬の時代を迎えることになります。

 しかし、第2次から第3次へ向かう過程で、「ニューラル・ネットワーク」()が生まれました。このニューラル・ネットワークの実現が、現在のディープ・ラーニングを生みました。第2次AIブームのときは、いくら脳の階層構造を真似ようとしても3層構造までしかできなかったものが、2000年代半ばになると、コンピュータ・パワーの向上と制御技術の工夫をもとに、4層、5層が実現可能になりました。ネットワークの階層をさらに深くしていけばいくほど、音声や画像の認識の精度が向上していきます。
 こうして、「第3次AIブーム」が生まれたのです。

人間の代わりにAIが活躍

 「第3次AIブーム」は2014年にグーグルのAIがディープ・ラーニングを用いて、You Tubeの動画のなかから選択された画像(静止画)から、ネコの画像を読み取ることに成功したところから始まったことは、先に申し上げました。このときグーグルのAIは、単にYouTube由来の画像を1,000枚見せられただけで、人間からネコの特徴(特徴量)などは教えられていません。しかし、自発的にネコの画像を取り出してきて、提示して見せたのです。

 現在はビッグ・データの時代です。その膨大なデータをディープ・ラーニングで解析することで、AIは人間の能力を凌駕することが可能になっています。すでに1990年代後半の頃からAIはゲームで人間を破るようになり、その後、チェスや碁、将棋などにおいて、AIが人間に優るようになりました。

 ディープ・ラーニングを用いた例は、ゲームだけに留まりません。AIを使って、複数の自動車模型を互いに衝突させることなく運転させる例(自動運転車)、AIに小説を書かせる例、作曲をさせる例、絵画を描かせる例、金融取引サポートをさせる例、医療診断サポートをさせる例、交通渋滞を防ぐ例など、人間の代わりにAIが活躍するようになっています。

人間には理解不可能な挙動も

 ――第3次AIブームを築いた「ディープ・ラーニング」について、易しく教えていただけますか。

 高橋 一般にAIの研究の方向性には、(1)「全脳エミュレーション」と(2)「機械学習」の2つがあると言われています。
 脳は主に「ニューロン」(神経細胞)と「グリア細胞」で成り立っています。グリア細胞というのは脳の神経系の構成する、ニューロン(神経細胞)以外の構成要素で脳の90%近くを占めています。(1)の全脳エミュレーションでは、ニューロンとこれらの細胞の構成要素を余すとこなく再現しようとしています。

 一方、(2)の機械学習では、脳の簡素化されたモデル、具体的には、ニューロンの動きのみをコンピュータ上で模倣する手法「人工ニューラル・ネットワーク」です。ディープ・ラーニングというAIの手法は(2)の機械学習の方向であり、現在この手法がAI研究の最先端になっています。しかし、この機械学習を出発点とするAI開発は、人間の脳を参考にしているとはいえ、簡略化されたかたちに過ぎません。そのため、その挙動は人間には理解不可能な部分も生まれることが指摘されています。

 ビッグ・データの解析で有名な「おむつ」と「ビール」という都市伝説に近い話があります。企業がビッグ・データのAI解析から望むのは、これまで人間が思いもつかなかったもので、しかも売上の向上につながり得るデータの抽出です。
 その話は、“イクメン”のお父さんたちがスーパーに行って、赤ん坊のためにおむつを買おうとしたら、おむつコーナーにビールが売られていたので、育児の息抜きにと思って購入したことで、そのスーパーのビールの売上が思いのほか伸びたというものです。

 仮に、AIがこの商品の組み合わせを提案したのであれば、スーパーの人間店長にとっては不可解なものに映ったと思います。しかし、女性が育児を引き受けていた時代には普通は思いもよらないAIならではの発想で、しかも売上が上がれば、スーパーにとっては喜ばしいことは間違いありません。

(つづく)
【金木 亮憲】

※ニューラル・ネットワーク:人間の脳の神経細胞(ニューロン)システムに類似した仕組みつくり、脳を模倣させようとする発想

<プロフィール>
高橋 透(たかはし・とおる)
1963年、東京都生まれ。早稲田大学文化構想学部教授。博士(科学社会学・科学技術史)
ニーチェ、デリダなどの現代西洋哲学研究を経て、サイボーグ技術、ロボット工学といった先端テクノロジーと人間存在との関わりをめぐる哲学研究に取り組む。「テクノロジーの哲学」は学生に大人気の講座である。著書に『サイボーグ・エシックス』『サイボーグ・フィロソフィー』、訳書に『サイボーグ・ダイアローグズ』(ダナ・ハラウェイ著)など多数。

 
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