2024年04月18日( 木 )

オールジャパンのリーダーとして日本の鉄道界と世界をつなぐ(中)

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石井 幸孝 氏

 今年10月で85歳を迎えた、九州旅客鉄道(株)(JR九州)の初代社長・石井幸孝氏。本業の鉄道以外でも、福岡城市民の会の理事長や(公社)福岡県サッカー協会の会長を務め、文化・スポーツの分野でも福岡に多大な貢献を納めている。今また、石井氏は、新たなステージに立ち、JR7社のオールジャパン体制づくりに邁進している。

オールジャパンの体制づくりに邁進

JR博多シティ

 JR九州を優良企業に育て上げた石井氏は今、新しいステージに挑戦している。それが全国7社のJRグループをまとめるオールジャパンの体制づくりだ。JRは7社に分割され、それぞれの社長が経営にあたるが、ホールディングカンパニーがないため相関性に欠ける。お互いに競争はするが、社長が集まって議論する場がない。オールジャパン体制の必要性を感じている人は他にもいるだろうが、誰もやったことがない。この7社をまとめるという仕事は、赤字体質の九州に多角化経営を導入し優良企業に押し上げた実績と、全体を俯瞰できる立場にある石井氏だからできることだろう。「各社が自分のテリトリーを責任もってやるのは社長の勤めだが、オールジャパンで日本全体をまとめ、方向性を決めるのに必要な行司がいない。自分が行司役を買って出るのは、鉄道への恩返しでもある」とほほ笑む。

 こうした考えの背景には、鉄道が抱える課題と将来への期待が見えるようだ。経営が厳しいJR北海道の立て直しもその1つだ。また、全国の新幹線鉄道が完成して鹿児島から北海道までが新幹線で一本につながった。それで、新幹線を物流に活用しようという新たな提案も行っている。ネット通販の拡大で宅配荷物が増加している一方、トラックのドライバーは不足している。ドライバー不足は今後も続くものと予測される。そこで、新幹線を物流に使おうというのだ。九州や北海道など人口が少ない地域で高速の貨物輸送が可能になれば、新たな収益源の確保につながる。たとえば、コンテナ特急を青函トンネルに通す。古い新幹線の車両を改造して宅配便の荷物を積み込めば事業化できる。
 この構想を実現するために鉄道のリーダーとして、JR各社と国土交通省、トラック協会、経済団体への説明と全体を取りまとめる活動を行っている。そして、「これから、アジアを中心に大鉄道時代が到来する。その時のためにもオールジャパン体制づくりは必要」と意を強くする。

 鉄道は一度つくったら100年、200年と使える。人の往来で交流が生まれ、物資の運搬で経済活動が盛んになる。富も運んでくる。鉄道を通すことで経済圏ができるのだ。

大鉄道時代を迎えるアジア

 大国中国は今、新しい経済圏をつくろうとしている。そのインフラとなるのが鉄道である。中国は、東側には自国の港をもつが南側にはもたない。そのために、鉄道を伸ばすし、南国の港に鉄道をつなごうと考えている。ベトナムやシンガポール、ミャンマー辺りの港をつなぐだろう。アラビア海にはパキスタンを通る構想もあるようだ。港に鉄道を通すことができれば、旅客も物資も運ぶことができる。中国は100年先の世界を描いて鉄道網を構築しようとしている。これが、習近平国家主席が唱える一帯一路政策である。

 中国やインド、ブラジル、東南アジア諸国はこれから鉄道を整備する時代に入ることから、大鉄道時代が来る。その時に、アジア諸国は日本と同じことで悩むと石井氏は指摘する。それは、レールの幅である。レールの幅は3種類ある。鉄道発祥国イギリスが自国に敷いた標準軌、それよりも幅が狭い狭軌、逆に幅が広い広軌がある。日本は狭軌を採用した。狭軌はコスト面では優れているが、輸送力や速度では標準軌や広軌におよばない。しかし、レールの幅を変えるとなると莫大な費用がかかる。そのため、いったん、鉄道を敷くとなかなか変えることができないのだ。日本に標準軌が採用されるのは、1964(昭和39)年の東海道新幹線の開業を待たなければならなかった。

 レールの幅は、国家戦略と連動するほどの意味をもつ。ロシア鉄道は、ドイツからの侵攻を防ぐために広軌を採用した。帝政ロシア時代で約180年も前のことだ。ソ連、ロシアと変わってきても鉄道を敷いたころからロシア経済圏は変わっていない。一方、中国は標準軌を採用している。ヨーロッパと連結することを考えての選択である。

 アジア諸国の多くは、日本と同じ狭軌を敷いている。そのため、中国資本で高速鉄道をつくると標準軌を敷くことになる。そうなると、自国の貨物車などは通れない。中国の貨物車ばかりが通ることになる。今、マレーシアのクアラルンプールとシンガポールをつなぐ高速鉄道をつくろうとしている。こういう時に同じ狭軌を採用していた日本の経験が生きてくる。マレーシアの高速鉄道建設において、日本と中国が競い合っているが、日本はオールジャパン体制で貨物輸送の必要性と併せて日本の高速鉄道の安全性の高さと正確さなどの強みを伝え、アジア諸国の高速鉄道建設を支援するノウハウと技術を提供していくべきだと石井氏は考えている。こうしたアジアでの日本の存在感を高めるため、8月にはシンガポールを訪れ、シンガポールの国立大学で講義をするなどオールジャパンのリーダーとして精力的に活動している。

(つづく)
【宇野 秀史】

<プロフィール>
石井 幸孝(いしい・よしたか)
1932年10月広島県呉市生まれ。55年3月、東京大学工学部機械工学科を卒業後、同年4月、国鉄に入社。蒸気機関車の補修などを担当し、59年からはディーゼル車両担当技師を務めた。85年、常務理事・首都圏本部長に就任し、国鉄分割・民営化に携わる。86年、九州総局長を経て、翌87年に発足した九州旅客鉄道(株)(JR九州)の初代代表取締役社長に就任。多角経営に取り組み、民間企業JR九州を軌道に乗せた。2002年に同社会長を退任。

 
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