2024年04月27日( 土 )

オールジャパンのリーダーとして日本の鉄道界と世界をつなぐ(後)

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石井 幸孝 氏

 今年10月で85歳を迎えた、九州旅客鉄道(株)(JR九州)の初代社長・石井幸孝氏。本業の鉄道以外でも、福岡城市民の会の理事長や(公社)福岡県サッカー協会の会長を務め、文化・スポーツの分野でも福岡に多大な貢献を納めている。今また、石井氏は、新たなステージに立ち、JR7社のオールジャパン体制づくりに邁進している。

良い仕事をし良いモノを後世に残す

歴史観光のシンボルとして復元が望まれる福岡城

 石井氏は今年10月で85歳を迎えた。鉄道関係の仕事以外にも、(特非)福岡城市民の会の理事長や(公社)福岡県サッカー協会の会長を務めるなど多忙な日々を送っている。そして、石井氏の周りには人が集まる。その魅力はどこにあるのか。「肩書や地位で差別することはしない。自分が人を評価するように、相手も評価している。人を大事にすることを心がけてきた。仕事は自分が儲けるとか、偉くなるとか、立派な肩書を望んだりするのではなく、良い仕事をして、良いモノを後世に残したいという思いでやっている」と振り返る。仕事では真剣に相手と向き合い良い物をつくるために決して妥協しない。結果として関わった人たちは、成長を遂げることになる。民営化の際に採用できない旧国鉄社員が九州で1万人余いた。石井氏は、組織のトップとして旧職員の就職先を確保するために、公共機関や企業に頭を下げてまわった。自分のことよりも社会や従業員を思う気持ちに心を打たれた人も多かったのだろう。今でも、そうやって就職した人との交流が続いているそうだ。

 スキーが趣味で、毎年、北海道にスキーツアーを組む。今年で31回目を迎える。毎年多くの人が九州から参加する。ピーク時は100名程が参加した。今でも50名もの人が参加するという。ツアーの内容が良いということもあるだろうが、やはり、石井氏と同じ時間を過ごしたいという人も多い。

 直接話をしていると、穏やかな表情で接し包み込まれる感覚を覚える。石井氏の周りに人が集まる魅力の一端を感じた。最後に、健康法について尋ねると、「生活すること。生きること」という答えがさらりと返ってきた。実力と自信に裏付けられた謙虚さと気負わない姿はまさに人生の達人。思わず将来の理想像を思い描いた気がする。

(了)
【宇野 秀史】

<プロフィール>
石井 幸孝(いしい・よしたか)
1932年10月広島県呉市生まれ。55年3月、東京大学工学部機械工学科を卒業後、同年4月、国鉄に入社。蒸気機関車の補修などを担当し、59年からはディーゼル車両担当技師を務めた。85年、常務理事・首都圏本部長に就任し、国鉄分割・民営化に携わる。86年、九州総局長を経て、翌87年に発足した九州旅客鉄道(株)(JR九州)の初代代表取締役社長に就任。多角経営に取り組み、民間企業JR九州を軌道に乗せた。2002年に同社会長を退任。

 
(中)

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