2024年04月25日( 木 )

トランプ現象を生んだ「アメリカ土着キリスト教」の真実(2)

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国際基督教大学 学務副学長・教授 森本あんり氏

 アメリカの現状を読み解く上では、神学的な理解が不可欠である。それは、アメリカがピルグリム・ファーザーズ(巡礼父祖)に代表されるプロテスタントたちが立ち上げた宗教国家だからだ。しかも、アメリカという国を最深部で動かすキリスト教という原理は、「土着化」してヨーロッパのそれとは大きく異なる。本来、『聖書』における神と人間の関係は「片務」契約である。すなわち、神は人間の不服従にも拘わらず一方的に恵みを与えてくれる存在だ。アメリカではそれが「双務」になり、さらに主客が逆転している。
 このことは何を意味するのか。話題の近刊『宗教国家アメリカのふしぎな論理』(NHK出版新書)の著者、森本あんり 国際基督教大学 学務副学長・教授に聞いた。読者が政治・経済・社会関連の本を読んでも「トランプ現象」や「ポピュリズム」について何となく残った頭の“霧”がこの本で一気に晴れる。

宗教は「土着化」の経過で大きく変容する

 ――今回の話を読者に間違いなく理解していただくために、キリスト教に関して簡単に教えていただけますか。

 森本 キリスト教の全体像に関して、短い時間に易しくご説明差し上げることはとても無理です。しかし、本日の話に関していえば重要なことが1つあります。キリスト教は西洋の宗教なので、アメリカはその本場の1つだと思っている方も多くおられると思います。しかし、賢明な読者の皆さまには、その考えを本日限り、きれいさっぱり忘れて頂きたい。そのうえで、これからの話をお聞き頂ければと思います。

 一般に宗教は、キリスト教に限らず、それぞれの土地に根づいて発展する際に「土着化」という変容のプロセスを経ます。日本の仏教とて例外ではありません。キリスト教は
アメリカにとって外来の宗教です。アメリカだけでなく、キリスト教はヨーロッパにとっても、いやどこの国の文化にとっても、異質な外来宗教です。その外来の宗教が土着化の程度に応じて変異するのです。

 このプロセスは、生体がインフルエンザなどのウィルスに感染した時のことを考えるとわかりやすいと思います。ウィルスは、宿主に受け入れられ、そこで繁殖していく過程で、宿主に大きな影響をおよぼすと同時に、自分自身をも変化させ、亜種を生み出していきます。

 宗教も同様です。伝播の過程で、その土地の文化に大きな影響をもたらしつつ、同時にみずからを変化させていきます。これが「土着化」や「文脈化」といわれるプロセスです。アメリカという土壌は、キリスト教というウィルスにとって絶好の培養地でした。社会や国家としての成立過程が、そのままキリスト教の繁殖の始まりだったからです。アメリカ社会と一緒に成長してきたキリスト教は、社会に決定的な影響を与えましたが、同時にみずからも変貌を遂げ、多くの亜種を生み出していったのです。

もはや、キリスト教は非西洋の宗教になった

 アメリカのキリスト教は伝統的な「キリスト教の正統」を体現しているどころか、似ても似つかないものになっています。さらにいえば、キリスト教の「本場」が今どこにあるかは、なかなか判断ができません。数からいえば、現時点のキリスト教人口の3分の2は西洋ではなく、アジア、アフリカ、南アメリカなどの地域に分布しています。いまや、キリスト教は非西洋の宗教なのです。

 今度はアメリカ国内を見てみましょう。一口にキリスト教と言っても、カトリックとプロテスタントがあり、それにユダヤ教も加えるとまことに様々です。現在のアメリカにおけるキリスト教のマジョリティはプロテスタントです。しかし、少し注意が必要なのは、アメリカという国はとても特殊な成立をした、ということです。近代に入って、自覚的に「こういう国を創ろう」という意志のもとにできた国だからです。ヨーロッパの国々の多くは、カトリックという土台が先ずあり、宗教改革を経て、プロテスタントがそのうえに乗りました。しかし、アメリカにはその土台、しがらみがまったくなく、自分たちの思い通りに、計画を進めていけるという自信を持っています。

少し遡れば、教会は社交クラブのような存在

 今日では、キリスト教内の教派の区別は教義とか信仰の内容によるものではなく、文化的なアイデンティティによって分かれていることが多くなっています。一例を挙げれば、イタリア出身やアイルランド出身であれば多くの人はカトリックを信仰します。また、トランプ一家のように、プロテスタントからユダヤ教に、あるいは、カトリックからプロテスタントに、逆にプロテスタントからカトリックにというような宗派間の移動も容易に行われています。

 少し遡ってみれば、もともと教会というのは、社会階層によって分かれていた社交クラブのような存在でした。今はその垣根もなくなり、さらに移動も自由に行われています。 

 たとえば、新しい町に引っ越した場合、最初は自分の信仰していたカトリック教会を見つけて行きます。しかし、そのうち、プロテスタント・長老派の教会が、家から近く、隣に大きなショッピングモールがあって買い物に便利だと分かれば、長老派に鞍替えしてしまいます。駐車場が大きくて、音楽がすばらしいという理由で、所属を変えてしまう場合さえあります。

(つづく)
【金木 亮憲】

<トランプ一家の場合>
 トランプ家の宗教はイギリス起源のプロテスタント・長老派である。長老派は米国で最も社会的地位が高く、資産家が多い宗派として知られる。しかし、娘のイヴァンカ氏はクシュナー氏との結婚の際、長老派から正統派ユダヤ教に改宗した。ユダヤ教では、母親がユダヤ人(ユダヤ教徒)でないと、子どもがユダヤ人として扱われない決まりになっているため、結婚を契機にキリスト教からユダヤ教に改宗する有力者の子女は少なくない。

<プロフィール>
森本あんり(もりもと・あんり)
 1956年、神奈川県生まれ。国際基督教大学(ICU)学務副学長・教授(哲学・宗教学)。
79年国際基督教大学人文学科卒。91年プリンストン神学大学大学院博士課程修了(組織神学)。プリンストン神学大学客員教授、バークレー連合神学大学客員教授を経て、2012年より現職。著書に『アメリカ的理念の身体 寛容と良心・政教分離・信教の自由をめぐる歴史的実験の軌跡』(創文社)、『反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体』(新潮選書)、『宗教国家アメリカのふしぎな論理』(NHK出版新書)など多数。96年『ジョナサン・エドワーズ研究』でアメリカ学会清水博賞受賞。

 
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