2024年04月26日( 金 )

今、小売業に何が起きているのか チェーンストアの歴史と現在地(9)

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アメリカ・チェーンストア巡り 誰でも容易にまねできない店~ゼイバーズ

ゼイバーズの前で老女が手編みのかごを売り、包丁を研ぐ

 アッパーウェストサイドのブロードウェイ80stにあるゼイバーズ(ZABAR’S)は、ニューヨークグルメの元祖ともいわれる。1日に5,000人が来店する繁盛店でもある。もちろん、ゼイバーズに限らずニューヨークにはそんな店がいくつかある。それが多様性であり、豊かさということだろう。しかし、そこにはある条件が要る。
 ゼイバーズがあるからニューヨークが好き、という人までいるというこの店は、1934年にユダヤ人のルイス・ゼイバー夫妻が創業した。ブロードウェイに地味な店舗を構えるこの店の通常営業時間は午前8時から午後7時半。今も完全なオーナー経営だ。

 1階が食料品、2階がキッチン雑貨。食品では600種類のチーズを販売し、1日1tのチーズを販売するという。加えてコーヒー、サケの燻製が有名だ。
 対面の専用カウンターで、ほとんど無表情でスライスナイフで紙のように薄く高品質のスモークドサーモンを切る職人。
 彼はそこにサーモンを切るためだけに存在する。スモークドサーモンは薄く切れば切るほど、切りたてであるほどその味の良さが際立つ。自家製の絶品スモークドサーモンは8オンス(約226g)32ドル。結構な値段だがスライス、ブロック、フィレ。希望に応じて好きなかたちで購入できる。
 注文を受けると担当する職人はにこりともせず、それを確認し、鮭を切る。その無愛想な表情の中に誇りがにじむ。さらにこの店はピクルスやオリーブのばら売りもなかなか魅力的だ。

スモークドサーモンのオーダーカットコーナー

この店ならではの500種類余りのチーズ

 ゼイバーズはコーヒーを週に8,000ポンド売るという。年間にすれば40万ポンド、180t。100g350円として6億円。もちろん、オンラインの売り上げも含むのだろうが、毎日170万円を10坪程度の売場でこなすのは凄いことだ。
 オーナーが中米の産地を回り、焙煎にも直接かかわるのだという。日本にもゼイバーズのコーヒーのファンは少なくない。
 もう1つの特徴はコーシャ(ユダヤ教で定められた食事規定。食べてよい動物・魚の種類や血抜きの徹底などさまざまな決まりがある)表示の食品。オーナーがユダヤ系ということもあるが、ニューヨークには豊かなユダヤ系住人が多いという背景もある。

評判のコーヒー量り売り

 おいしいパンで有名なイーライも、オーナーの末の息子イーライが経営している。イーライはそのほかにもビネガーストアという、酢の工場跡を利用したユニークな生鮮スーパーを経営している。こちらの店はゼイバーズよりずっと規模が大きく、生鮮の陳列や品ぞろえもすばらしい。しかし、その雰囲気はモダンとは程遠い復古調のムードがあふれている。
 以前は食べ物の不味さで評判の高かったアメリカも今や世界中からグルメが集まり、とくにニューヨークは味で人気の店が数限りなくある。その先駆者としてのゼイバーズはこれからもそのポジションが揺らぐことはないはずだ。

 だが、このような店をあちこちに出店するのは不可能だ。多くの職人的従業員と高品質、高価格の商品を同じレベルで維持するのは極めて困難だからである。加えて、このレベルの食品に自由に支出できる客層も多くない。その意味では彼らの業容は拡大が難しい。
 しかし、違う見方をすれば競争相手から侵食される危険もないのである。高い人口密度と高額所得者に恵まれたニューヨークのゼイバーズはこの後もおそらく、アマゾンに屈することなく繁盛店として生き続ける。

(つづく)

<プロフィール>
101104_kanbe神戸 彲(かんべ・みずち)
1947年生まれ、宮崎県出身。74年寿屋入社、えじまや社長、ハロー専務などを経て、2003年ハローデイに入社。取締役、常務を経て、09年に同社を退社。10年1月に(株)ハイマートの顧問に就任し、同5月に代表取締役社長に就任。流通コンサルタント業「スーパーマーケットプランニング未来」の代表を経て、現在は流通アナリスト。

 
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