2024年04月19日( 金 )

トランプ現象を生んだ「アメリカ土着キリスト教」の真実(4)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

国際基督教大学 学務副学長・教授 森本あんり氏

 アメリカの現状を読み解く上では、神学的な理解が不可欠である。それは、アメリカがピルグリム・ファーザーズ(巡礼父祖)に代表されるプロテスタントたちが立ち上げた宗教国家だからだ。しかも、アメリカという国を最深部で動かすキリスト教という原理は、「土着化」してヨーロッパのそれとは大きく異なる。本来、『聖書』における神と人間の関係は「片務」契約である。すなわち、神は人間の不服従にも拘わらず一方的に恵みを与えてくれる存在だ。アメリカではそれが「双務」になり、さらに主客が逆転している。
 このことは何を意味するのか。話題の近刊『宗教国家アメリカのふしぎな論理』(NHK出版新書)の著者、森本あんり 国際基督教大学 学務副学長・教授に聞いた。読者が政治・経済・社会関連の本を読んでも「トランプ現象」や「ポピュリズム」について何となく残った頭の“霧”がこの本で一気に晴れる。

「反・知性」主義ではなく「反・知性主義」

 ――前著『反知性主義』において、先生はこの言葉の意味が日本人には誤解され正しく使われていないと言われています。どういう意味でしょうか。

 森本 先にアメリカに「土着化」したキリスト教の特徴である「富と成功」の福音についてお話しました。「富と成功」という言葉が示すように、アメリカ的なキリスト教は資本主義やビジネスと深い関係があります。実はアメリカでは、宗教的な「平等意識」と「富の成功」の福音は奇妙なかたちで結びついています。その両者を結びつけているのが「反知性主義」という伝統です。この言葉は切り処を間違うと、誤解してしまうことになります。「反・知性主義」が正しく、「反・知性」主義ではありません。

 日本では昨今「反知性主義」というと、政治の世界などで、知性そのものを蔑視する態度と捉えられることが多いのですが、この言葉が最初に登場したときには、もう少し違った意味が含まれていました。本来の「反知性主義」は知性と権力の結びつきが固定化することへの反発を身上としているのです。たとえば、ハーバード大学を卒業したエリート牧師だけが幅をきかせるピューリタニズムの極端な知性主義に対する反動です。つまり、「ハーバード大学」やそこに宿る知性そのものへの反発でなく、ハーバード出身者ばかりが重用される「ハーバード主義」への反発から生じています。アメリカは日本と比較にならないほど、建国当初から極端な「知性主義」社会です。こういう階級の固定化に腹を立てているのが、現在のアメリカなのです。

ラジカルな平等主義が反・知性主義の主成分

 アメリカには植民地時代に端を発する宗教的な伝統があります。それが「リバイバル」(信仰復興)の波です。最初のリバイバルの大波は18世紀に訪れ、アメリカ独立革命を精神的に準備しました。19世紀に再来したときには、奴隷制廃止運動や女性の権利拡張運動に指導的な役割をはたし、20世紀には公民権運動や消費者運動に影響を与えました。

 なぜリバイバルがこうした運動の原動力になるのでしょうか。それは、リバイバルが「平等」という極めてアメリカ的な理念を強く呼び覚ますからです。平等の主張は、プロテスタント信仰のなかで、初めは精神的な領域に限局されていましたが、やがて長い時間をかけて実社会における平等を生み出す努力につながっていきました。このラジカルな平等主義こそ、「反知性主義」の主成分です。アメリカの論理では、「神の前の平等」と「富と成功」は矛盾するものではありません。

ピューリタニズムの極端な知性主義への反動

 このリバイバリズム(信仰復興運動)こそ、アメリカの反知性主義の原点にあるものです。反知性主義は、大卒のインテリ牧師だけが幅をきかせるピューリタニズムの極端な「知性主義」に対する反動として生まれました。信仰復興とはある時期にある地域の人々が急に宗教心を深める周期的な熱病のようなものです。前述の通りアメリカでは18世紀以降、リバイバルの大波が何回か訪れました。

 この運動の指導者となった人々をリバイバリストといいます。有名なリバイバリストには、ジョナサン・エドワーズ(1703‐58)、イギリスからやってきた「神の行商人」ジョージ・ホイットフィールド(1714‐70)、極めつきのヒーロー、元メジャーリーガーのビリー・サンデー(1862‐1935)などがいます。巡回説教師になるには、信仰以外に何の元手も要りませんので、成功例に刺激されて有名無名の人々が我も我もと名乗りを上げました。その彼らが、町から町へと渡り歩いて神を商売道具にしたのです。

人口増加・集中と大衆メディアの発達が理由

 このような現象が18世紀のこの時期に起きた理由は、社会構造変化の観点から2つ説明することができます。1つ目は、人口の増加と集中です。リバイバル集会を開くには、ある程度の人口の局地的な集住が必要です。植民地であるアメリカの人口は、1700年からの40年間に25万人から90万人へと激増しました。この人口爆発は、いうまでもなく、自然増ではなく、移民が原因でした。急激な人口増加は、都市の誕生をもたらしました。

 もう1つは、大衆メディアの発達です。同じ1700年からの40年の間に、マサチューセッツの書店業者数は4倍になり、植民地全体で12誌の定期刊行物が発刊されました。こうした量的充実を最大限に活用したのがホイットフィールドで、その彼に影響を受けた、印刷業者であった若き日のベンジャミン・フランクリン(1706‐1790)もこの新しいビジネスチャンスを生かして儲けています。 

 アメリカの独立革命は、この最初の信仰復興運動のおよそ30年後に起きました。1776年の独立宣言で、アメリカは史上初の世俗国家として、イギリスから独立しました。世俗国家というのは、政教分離が定められていることです。

 ただし、誤解されると困るのは、政教分離の目的です。それは、アメリカという国家で宗教が宗教として栄えることでした。政教分離は宗教的熱情を確保するために定められたのです。政教分離によって、誰もが自由に信仰を実践できる。そこでは、篤い信仰をもつ人間は神の祝福を受けるし、「十分な暮らし」ができていれば、それは神の祝福を受けている証と考えられるのです。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
森本あんり(もりもと・あんり)
 1956年、神奈川県生まれ。国際基督教大学(ICU)学務副学長・教授(哲学・宗教学)。
79年国際基督教大学人文学科卒。91年プリンストン神学大学大学院博士課程修了(組織神学)。プリンストン神学大学客員教授、バークレー連合神学大学客員教授を経て、2012年より現職。著書に『アメリカ的理念の身体 寛容と良心・政教分離・信教の自由をめぐる歴史的実験の軌跡』(創文社)、『反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体』(新潮選書)、『宗教国家アメリカのふしぎな論理』(NHK出版新書)など多数。96年『ジョナサン・エドワーズ研究』でアメリカ学会清水博賞受賞。

 
(3)
(5)

関連記事