2024年03月29日( 金 )

安倍政権崩壊の予兆となる偽証=「記憶にありません」(中)

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青沼隆郎の法律講座 第4回

「記憶にありません」(無記憶証言)の撃退法

1.現実の記憶は「単位事実」の時系列的連鎖である。
 質問は、
 (1)「ある時」
 (2)「ある場所」で
 (3)「被質問者が籠池氏と面談し」
 (4)「小学校設立資金として」
 (5)「金額100万円を」
 (6)「安倍晋三の名代として」
 (7)「寄付金の名目で交付した」
 というこれ以上細分できない事実(仮に単位事実と呼ぶ)の時系列的連鎖である。

 この単位事実の連鎖のうち、現実の質問は、(3)・(5)・(6)についてさらに簡潔に質問していた。証言者は(3)・(5)・(6)の単位事実について「記憶にありません」と証言したことにより、それらと連鎖関係にある(1)・(2)の単位事実についても記憶がないと証言しなければ、矛盾証言、つまり偽証となる。

 そこで、質問者は(1)・(2)に関する写真や映像を証言者に示し、同日時に籠池氏と面談した事実についてさらに証言を迫ることになる。写真や映像を示されて面談の事実を「記憶にありません」と証言するには相当の度胸が要る。

 以上の質問の技術は、証言者が「記憶にありません」といえない単位事実を含む質問をする、あるいは「記憶にありません」と証言することが矛盾となる質問事項を用意するというものである。

 証言者の「記憶にありません」を予測し、無記憶といえない単位事実を「隠し玉」として準備しておく。1点でも単位事実について矛盾証言を得たら、全体的に証言の信用性がないとして虚偽性を主張すればよい。「記憶にありません」は、最終的にその「信用性」で当否を判断するのであり、客観的な物証のような「証明力」を議論する余地はない。

2.記憶の一般的属性である「非日常性記憶は経年劣化しない」ことを利用する。
 (2)の「ある場所」や(3)の「籠池氏との面談」が特殊な事情を背景とするものであれば、映像や写真を示すまでもなく、その非日常性を指摘し、無記憶の不自然性を指摘し、なぜ無記憶となったかの合理的理由を質問すればよい。証言者は無記憶の合理的理由が立証できない限り、証言の信用性はないと断罪される。

柳瀬首相秘書官無記憶証言事件

 愛媛県今治市への獣医学部新設をめぐり、当時、首相秘書官であった柳瀬唯夫氏(現・経済産業審議官)が「首相案件」と愛媛県職員に伝えていたとされる問題。事実であれば、安倍首相の強い意向が働いていたことを示す内容だ。

 柳瀬氏との面会、およびその発言を「備忘録」に記録した愛媛県職員らについて、柳瀬氏は、一貫して「記憶の限り会っていない」(記憶にありません)と証言し、事実を否定し続けている。

 さて、野党は柳瀬氏の証人喚問を求めているが、証言台でも柳瀬氏が無記憶に徹することは明白。野党にはその証言を突き崩すだけの用意と戦略はあるのだろうか。

(つづく)
【青沼 隆郎】

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)
福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

 
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