2024年03月29日( 金 )

セカンドレイプを犯した財務省顧問弁護士の謎(後)

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青沼隆郎の法律講座 第5回

「エセ法治国家・日本」の証明

 福田淳一政務次官事件は、単なる女性記者へのセクハラ問題ではなく、事務次官の単純賄賂罪(賄賂要求罪の既遂)というれっきとした刑法犯罪の可能性がある事件である。性的快楽の提供が賄賂の提供にあたるとする判例によれば、性的快楽の提供を求めた事務次官の行為は「業務に関して」「賄賂」を要求した行為となり、犯罪構成要件に該当する。

 最大の問題は、セクハラ被害者の事情聴取の必要性と有効性の問題である。とくに事務次官はセクハラ行為自体を否認しているのであるから、この時点での事情聴取は意味をなさない。セクハラ被害者が現実に名乗り出たところで、事務次官は事実を認めることはない。それでは明らかに水掛け論になることは子どもでもわかる。

 こんなことを無視して、やれ、名誉は守るとか、不利な状況にはしない、と言ってもまったく説得力はない。では、水掛け論にならないために顧問弁護士は何を用意しているのか。少なくとも公表された事情聴取の方法のなかにはその工夫はない。

 極めてお粗末な、“一方に利するだけ”の不公正な事情聴取である。

 そもそも、事務次官のセクハラ行為の認定のために、被害者の現実の登場と証言は不可欠か、が検討されなければならない。ここに、刑事犯罪における厳格な立証の必要性問題との故意の同一化や混同がある。その意味で顧問弁護士らの行為は極めて悪質である。

 すでに述べたように、セクハラは厳格に構成要件が規定された刑事犯罪ではないから、そもそも厳格な証明ができない。優越的な地位にある男性が、その地位を利用して、女性の人格や名誉感情に反する、つまり、意に反する性的行為や性的関係を迫る行為であり、主に言語口頭による行為である。

 実際に身体的行為―たとえば無理矢理の接吻や抱擁があれば、強制わいせつとなるから、それ以前の行為である。このいわば強制わいせつ行為の先行行為に対する倫理的非難であるから、そもそも厳格な立証が困難である。この立証の困難性を弁護士なら当然に理解しているだろうし、していなければならない。

 セクハラ行為は刑事責任の問題ではなく、行為者の社会的地位にともなう、倫理的責任であり、企業組織内であれば労働契約や就業規則への抵触が議論され、公務員であれば公務員法への抵触が議論される。

 そして、組織団体法の基本原則である任命権者、監督権者の任命責任、監督責任が問題となる。この責任は事務次官の辞職とはまったく関係ない。もし、財務大臣が事務次官の辞任だけで事を済ませたならば、日本は完全にエセ法治国家である。

 それは、事務次官の辞任がセクハラ行為の自白にほかならず、辞任は同時に財務大臣の任命および管理監督責任の問題と連結しているからである。セクハラ行為が真実不存在であれば、辞任の必要はまったくなく、週刊誌の法的責任を全省あげて追及しなければ、これまた法治国家ではない。

(了)
【青沼 隆郎】

<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)
福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。

 
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