本店営業部の取引先は市内の大手企業が多く、融資についは企業の役員が銀行に出向いて貸付担当者および副支店長や部長と面談して決めることが多かった。松谷は若かったが、貸付担当者としてテキパキとした対応から担当の取引先の評価は高かった。
谷本が本店営業部の副支店長としての仕事に慣れた1年後、広中本店長は谷本に得意先係を担当させることにした。若手を中心として総勢7名。そのため得意先係は取引先とのパイプ役や集金が主な業務であった。その7名の中には、後に谷本頭取の相談役への引退に伴い、代表取締役会長となった栗野和男がいた。
栗野は貸付係に配属されていた松谷昭治と進学校の海峡西高の同級生であったが、病気のため1年遅れて谷本や松谷と同じS大学を卒業後、本店営業部に新入行員として入行。
松谷は歯科医の息子で、一浪してS大学に入学。1965年に卒業と同時に、維新銀行の本店営業部貸付係に配属された。一方栗野は父親を早く亡くし保険外務員であった母親に育てられた。高校時代に病気となり1年休学。一浪後S大学に入学。松谷より1年遅れて維新銀行に入行した苦労人でもあった。
二人の性格は対照的であった。穏やかな性格の松谷に比べて、栗野は病気したことが影響したのか、負けん気の強い性格の持ち主であった。
しかし得意先係を任された谷本は、部下となった栗野がS大学の後輩でもあり、感情の起伏の激しさとは裏腹に取引先の評判が良いことから、特に目を掛けるようになっていった。
栗野は、谷本が絹田頭取から三顧の礼で維新銀行に迎え入れられ、労使協調路線の組合を立ち上げたことや第五生命との資本提携を成功させた功労者であり、「谷本がいずれ役員となる」ことを確信して、谷本のためには骨身を惜しまないような心境になっていた。
丁度そのような時、谷本から「飲みに行こう」と声を掛けられて、一緒に果林の奥のカウンター席で飲んでいると、暫くして山上正代が姿を現わした。谷本から山上の紹介を受けた栗野は、山上が東南市から電車に乗ってわざわざ自分に会いに来たことを知らされた。栗野と山上正代との運命的な出会いの場所は「果林」であった。
栗野は第五生命の山上の名前は薄々聞いていたが、初めて直接話をすることになった。谷本は自分の母親が保険の外務員であったこともあり、山上に親近感を覚えるのに時間はかからなかった。山上は「本店営業部の取引先の保険紹介を是非お願いしたい。」と栗野に深々と頭を下げた。谷本も栗野にビ-ルを注ぎながら「協力してやってくれないか。」と話しかけた。グラスに注がれたビ-ルを両手で押し戴く姿勢で飲み干した栗野は、即座に応じることを誓った。
この時から谷本と栗野と山上の三人による保険勧誘の絆が強く結ばれることになった。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
▼関連リンク
・「維新銀行」~第一部 夜明け前(1)
※記事へのご意見はこちら