<第五章 谷本次期頭取誕生の軌跡>
協力者たちとの絆(12)
谷本は取締役本店長、取締役東南支店支店長、常務取締役西京支店長を歴任後、専務取締役営業本部長となっていく過程においても、組合幹部の人選に関わっていった。
その人選に関わることができたのは、谷本が築き上げた組合幹部OBとの懇親会であった。毎年定例的に、委員長、副委員長、書記長経験者別の懇親会を開催しており、2年に一度は合同の懇親会を開催し、親交を重ねて来た結果であった。
谷本は絹田頭取の懇請を受けて1953年7月1日に入行。組合対策の専門家として福岡銀行の2週間におよぶストライキを教訓に、維新銀行の新しい労使協調路線の組合設立に尽力した。
その年の8月下旬に開催された設立総会で選出された委員長、副委員長、書記長の三役は、9月1日付で組合専従となった。
任期2年の初代委員長には、東京支店課長代理であった大卒の澄田義雄が就任。副委員長には常盤支店に勤務していた大卒の深川和彦、書記長には東部支店に勤務していた高卒の川野智正が組合三役に就いた。
谷本が提案した、組合幹部を優遇する、との方針に基づき、初代委員長の澄田は、1968年6月の株主総会で取締役に選出された。その後、常務取締役を経て、大手化学メーカーの常盤興産の常勤監査役に転出。また副委員長の深川和彦も1984年に取締役となり、常務取締役を退任後も「維新銀行史」編纂の責任者を務めた。
高卒の川野は役員にはなれなかったが、本店営業部次長を経て、中規模の支店長に登用された。
同様に第2代委員長も後に常務、副委員長も取締役に就任。第3代の委員長、書記長は共に常務に登用された。
組合三役に対する人事の優遇、特に委員長経験者の優遇は第4代まで続いたが、第5代~7代までの委員長は取締役にはなれなかった。
しかし「頭取クーデター」までに歴代委員長を務めた18人中、10人が取締役に登用されており、格段の優遇を受けることになった。その間、副委員長で取締役になったのは5人、書記長は8人であった。書記長経験者が副委員長経験者より多いのは、当初委員長は大卒、副委員長と書記長のどちらかは高卒としていたが、次第に高卒の採用が減り、年齢構成のバランスが崩れたことから副委員長に高卒、書記長に大卒が就くようになったことからであった。
副委員長・書記長に就任した高卒者は、第13代まで誰一人として役員に登用されなかった。しかし1979年8月に第14代副委員長に選出された沢谷一志は、後に頭取となった谷本の推薦を受けて、1997年6月に高卒初の役員となった。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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