<第五章 谷本次期頭取誕生の軌跡>
協力者たちとの絆(13)
沢谷が高卒で取締役になれた最大の理由は、副委員長就任以来実に18年間、谷本の依頼を受けて山上の保険勧誘を積極的に応援したことであった。山上はその働きに報いるため、沢谷を役員とするように谷本に進言。その功績を谷本が認めた結果でもあった。
谷本が沢谷を役員としたのは、山上の推薦があったからだけではなかった。谷本の真の狙いは、沢谷の次に副委員長になった高卒の松木隆司を役員にするためであった。
谷本の娘が自動車販売会社に勤める松木の兄へ嫁いだ関係で、谷本と松木は姻戚関係となっていた。まず高卒の沢谷を取締役に据え、次に自分の娘婿の弟を役員にする布石であった。
谷本は組合設立に際して立案した組合役員を優遇するとの方針を鮮明に掲げ、自分の身内を役員とする批判をカムフラージュする道具に使うことにした。松木は後に展開する「頭取交代劇」では、谷本の指示に従って、沢谷と同様に「谷野頭取罷免」の急先鋒の役割を果たすことになる。
沢谷は高卒の自分を役員にしてくれた谷本と山上への忠誠心を表すため、取締役の立場を利用して山上の保険勧誘に一層力を入れるようになっていった。
東南支店は第五生命の東南営業部および山上と直接取引する窓口であった。そのため東南支店長の沢谷は、東南支店で山上の保険勧誘を強力にバックアップする傍ら、東南地区統括支店長の立場を利用して、傘下の支店長に地区支店長会議を通じ、山上の保険勧誘のノルマを課し、支店の規模に応じて件数を割り振るほどの熱の入れ方であった。
沢谷は東南地区傘下の支店長の人事考課表を毎年本部に提出しているが、支店長の評価は支店業績ではなく、山上の保険勧誘の多寡および実績により決めるようになった。
沢谷の熱心な保険勧誘の協力が山上を通じて谷本に伝えられ、その功績により高卒初の常務が誕生することになった。常務となった沢谷は、自分の管轄外の地区の支店長にも山上の保険勧誘に協力を要請するなど、その行為は維新銀行全体にエスカレートしていった。
その様な沢谷の方針に従わなかった支店長は左遷され、沢谷の意を受けて保険勧誘を積極的に協力した支店長は栄転していった。グレシャムの「悪貨は良貨を駆逐する」法則のように、沢谷によって人事が歪められ、良識ある行員は沢谷から遠ざけられることになった。しかし沢谷のために山上の保険勧誘に協力した支店長達にも、自分の生活を守るためとはいえ、良心の呵責に苛まれる者も少なくなかった。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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