<第五章 谷本次期頭取誕生の軌跡>
協力者たちとの絆(15)
第12代の組合委員長の桜木高志、および書記長の吉沢忠は共に取締役になったが、桜木は植木頭取により取締役に任命され、吉沢は谷本頭取の指名により役員となった。吉沢はS大学出身で、山上の保険勧誘にも積極的であったことや、営業推進部の課長として谷本営業本部長を献身的にサポートしたことにより、認められての役員昇格であった。後に展開する「頭取交代劇」では沢谷と共に、「谷野頭取罷免クーデター」に加わった人物である。
第13代の委員長となった小池和寿は、後に人事部長から大阪支店長を経て取締役となり、桜木の後任として小倉支店長となった。小池は植木頭取に任命された最後の取締役であった。
植木頭取の経営姿勢は厳格であった。たとえ役付き役員であっても品格のない行為に対しては、厳しく糾弾する姿勢を貫いた。その姿勢は役員を登用する場合でも貫かれていた。桜木と小池は共に植木頭取と同じ西部大学の出身であったが、桜木は支店第一部長から大阪支店長、小池は人事部長から大阪支店長となり、一歩一歩積み上げた実績を買われ共に取締役に登用された。
植木はその職位を全うした人物かどうかを見極めて役員に登用するかどうかを決めており、決して私情で役員を登用することはしなかった。植木の役員登用については順当な人選との評価が高く、行内において異論を唱える者はいなかった。
小池は桜木の後任として取締役小倉支店長となったが、共に山上の保険勧誘に協力しなかったことが谷本の心証を害し、2期4年の平取締役で退任を余儀なくされた。植木に登用された取締役は、矜持を持って取締役の任を務めたが故に役員を追われ、谷本に登用された取締役の大半は、地道な努力を積み上げて役員となったのではなく、山上の保険勧誘に功績があったが故に役員に登用された者達であった。
谷本が頭取となり実権を持つようになると、植木に選任された役員は次第に追われ、やがて山上の保険に協力した組合出身者達やS大学出身者にとって代わられ退任していくことになった。
小池は退任にあたり、出身地の信用組合の理事長への就任を打診されたが、「自分は維新銀行の行員であったとの誇りを持っており、たとえ理事長への就任であっても他の業態の金融機関に行く気はない」ときっぱりその申し出を断り、海峡市に本社のあるバス会社の監査役となった。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
▼関連リンク
・「維新銀行」~第一部 夜明け前(1)
※記事へのご意見はこちら