<第五章 谷本次期頭取誕生の軌跡>
協力者たちとの絆(23)
後に「頭取交代劇」の代償として、金融当局に「みやじま銀行」の救済を求められた維新銀行は、原口を「みやじま銀行」の頭取に指名することになる。谷野頭取から取締役の任命を受けたにもかかわらず、その恩を仇で返すように一国一城の領主となった原口は、心の中に重い十字架を一生背負っていくことになる。
原口の説得に成功した沢谷は、その足で博多から小倉駅まで新幹線に乗り、在来線に乗り換えて維新銀行本店の6階にある谷本相談役の部屋に直行した。
谷本相談役は、丁度川中本部長と話し合いをしているところであった。沢谷は女性秘書の案内で応接室に入り、
「原口取締役が仲間に加わることになった。これで間違いなくうまくいきます」
と谷本と川中に告げた。二人は大きく頷き、沢谷の労をねぎらった。3人は今後のスケジュールについての打ち合わせを済ますと、沢谷と川本は何事もなかったかのように相談役室からスッと姿を消した。
沢谷はその足で海峡駅からタクシーを拾い、栗野会長が入院している厚生会病院の特別室を午後4時過ぎに訪れた。丁度付き添いをしていた栗野の妻は家に帰った後で、病室には栗野一人がいた。原口取締役が計画に参加することを報告すると、栗野は、
「ご苦労さんでした。こちらは病気で動けないが、後のことは宜しく頼むよ」
と済まなさそうに言葉を掛けた。
今後のスケジュールなどの打ち合わせをして沢谷は病院を後にしたが、一人病室に残された栗野は、自ら動くことができないもどかしさと、病気のためとはいえ僅か2年で会長職を辞任することになった我が身の不運に、一抹の寂しさを感じざるを得なかった。
沢谷が原口を説得したことにより、組合出身の役員7名と栗野会長を入れて8名。この8人に古谷取締役首都圏本部長が加わって9名となり、谷野頭取罷免同盟が成立。クーデター派は取締役15名の過半数を制することになった。
古谷政治は1976年4月にS大学を卒業後、維新銀行に入行した。そのきっかけは谷本が取締役本店長であった1974年、古谷の父親で国鉄マンであった古谷章一が、海峡駅の駅長として赴任してきて知り合いとなり、古谷の息子がS大学の後輩であると知らされた谷本が、川中隆史と同様に、維新銀行への入行を勧めたのが縁であった。
古谷は組合出身者ではないが、谷本の推薦で維新銀行に入行した経緯もあり、谷本もS大学の後輩である古谷を可愛がるようになった。谷本が頭取になると谷本の秘蔵子として脚光を浴びるようになり、急速に銀行幹部への道を駆け上がっていった。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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