<第六章 谷本頭取の時代>
クーデター未遂事件(10)
谷本は、植木頭取が竹下利雄常務を次期頭取候補に考えていると笹川から伝えらたが、そのために自分が任期途中で引退を打診されたことに大きな衝撃を受けていた。しかも後継候補して名前が挙がった竹下常務は第9代の組合委員長であり、谷本と懇意な関係にあった。それなのに竹下常務を次期頭取候補と言ってきたことに何か裏があるように谷本は感じていた。
昨年、もし谷本が任期満了で退任を迫られた時には、谷本を押し立て植木頭取の退陣を迫る「頭取交代論」を行なうことが密かに話し合われたが、竹下は谷本支援に名を連ねた組合出身役員4名のうちの一人であった。その時は谷本が再任されたため何事も起こらなかった。
しかし谷本は、今回植木が谷本に退任を迫って来たのは、密かに話し合われた頭取交代論が植木の知るところとなり、「反撃を開始したのではないか。そのため組合出身の竹下を、敢えて頭取候補の刺客に立てたのでは」と谷本は思うようになっていった。
谷本はもう一度頭の中を整理することにした。谷本の立場から見れば、(1)1年前に密かに話し合われた「頭取交代論」が植木や笹川に漏洩した。(2)それを知った植木たちが反撃のため任期途中の谷本に退任を迫って来た。(3)谷本と親しい竹下を頭取候補に挙げて内ゲバを狙った。(4)谷本と竹下の仲を裂くために、竹下の女性問題を言わせた、となる。
また角度を変えて植木の立場から見ると、(1)植木の前立腺がんは進行している。(2)そうであれば至急後継者を指名しておかなければならない。(3)後継を決めずに症状が悪化すれば、混乱を避けるために後継は筆頭専務の谷本になる。(4)谷本を後継者にしたくないので、先手を打って任期途中で退任してもらう。(5)谷本と竹下は組合関係で親しいが、竹下を頭取候補とすれば二人の中に楔が打てる。(6)竹下の方が植木にとって与しやすい。(7)竹下の女性問題が出れば、他の若手役員を後継指名すればよい、と推測された。
谷本は次第に、「植木が女性問題で難点のある竹下を頭取候補と言ったのは、自分を任期途中で退任させるための口実だった」と確信するようになっていった。
谷本を中心に「植木頭取交代論」が密かに話し合われていたことを、植木にしても笹川にしても実際は知らなかったのであるが、谷本はその話し合いを主導したが故に、どんな手段を用いても頭取の座を射止めたいとの強い意思を漲らせるようになっていった。それを強力に後押ししたのは第五生命の山上正代であった。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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