<第六章 谷本頭取の時代>
クーデター未遂事件(16)
竹下は宮下取締役との話し合いを終えると自分の執務室に戻った。維新銀行の役員室はいわゆる大部屋式であり、本部役員は頭取以下全員が同じ部屋で執務することになっている。最も頭取は専用の部屋があり、植木は殆ど頭取室で執務をしていた。
竹下が執務室に戻った時、審査担当の城戸訓取締役が一人部屋にいた。お互い目で挨拶を交わした。城戸訓取締役は貸出稟議書に承認印を押していたが、程なくすると一段落したと見えて、未決箱には貸出稟議は残っていなかった。竹下は城戸を応接室に誘った。先に竹下が入り、少し時間をずらして城戸が応接室に入って来た。竹下は谷本専務からの協力要請や宮下が危惧した点などを説明し、城戸に同意を求めた。城戸は竹下の一代前の組合の副委員長を務めており、世代が同じこともあって気心は通じていた。また城戸は谷本が本店長時代に貸付の課長をした関係もあり、二つ返事で応諾した。
竹下はその日のうちに二人の同意を取り付けることに成功した。残るは営業統括部長兼務の河辺毅常務だけとなった。生憎その日、河辺常務は営業店に臨店に行っており不在であった。竹下は役員のスケジュール表を見た。河辺常務の明日の予定は本部在席となっているのを確認して、銀行を後にした。
翌日、竹下は河辺と応接室で面談し、宮下取締役、城戸取締役と話した内容を説明し、昨年と同様に谷本専務の退任を阻止するための協力を求めた。
竹下の話を聞いた河辺は、
「昨年、確かに谷本専務は維新銀行になくてはならないと思い賛同しましたが、今回植木頭取は若手に頭取職を譲るために谷本専務に退任を求めて来ており、前回とはちょっと違うような気がします。確かに再任したばかりの谷本専務に退任を求めるのは理不尽であるとは思いますが、維新銀行の将来の頭取を後継者に選ぶのは、人事権を持っている植木頭取の専決事項であり、植木頭取の人事権を奪うような行動は如何なものかとの思いがあります。確かに谷本専務に組合の書記長の推薦を受けて、こうして常務にもなれたことに心から感謝していますが、そうはいっても役員に登用してもらった植木頭取も恩があるし、あちらを立てればこちらが立たずで、非常に辛い立場です」
と、深い溜息をしたまま瞼を閉じ、竹下常務の顔をまともに見ようとはしなかった。
竹下は何度も河辺を説得したが、河辺の意思は変わらなかった。河辺は、
「私はどちらにも付きません。たとえ笹川常務から誘いを受けるようなことがあっても、中立の立場でいます。それがせめても谷本専務への恩返しであると理解して下さい。私の苦しい胸の内を谷本専務に是非伝えておいて下さい」
と言って話し合いは終った。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
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