<第六章 谷本頭取の時代>
クーデター未遂事件(17)
竹下は河辺常務が応接室を出て行くのを見送り、そのまま応接室に残った。受話器を取って首都圏本部の谷本に電話を入れた。応対に出た女性秘書は「谷本専務は地銀協の会合に出席のため不在です。お帰りは午後1時半の予定です。お帰りになったら竹下常務宛に連絡するようにしましょうか。」と済まなさそうな声が返って来た。竹下は「そうであれば1時半過ぎにこちらからまた連絡をすることにしよう。谷本専務には電話があったことだけ伝えておいてもらいたい。」と言って受話器を置いた。応接室に一人残った竹下は、河辺常務と話し合った内容を反芻するように想い返してみた。
確かに河辺常務が言うように、植木頭取は後継にバトンタッチするため、自ら頭取を退き、筆頭専務の谷本にも退任を迫って来た。それは次期頭取が誕生しやすい環境づくりのためと言える。維新銀行の次期頭取を決める人事権は植木頭取にある。戦国時代でもそうであったように、世継ぎを早く決めると権力が二分してお家騒動が起こるケースが多い。金融機関にとってもバブルが崩壊し、生き残りを掛けた金融戦争に突入していると言っても過言ではない。健全な維新銀行と世間では見られていても公表できない多額の不良債権処理などもあり、次期頭取には予断が許されない経営が求められる。病気になったからではあるが、植木は本気で後継者選びを始めている。そうであれば1971年に取締役に就任以来、20年以上も取締役を続けている谷本に対して、後進のために退任を求めることは何も不自然なことではないのではないか。むしろ谷本が営業本部長時代に取り組んだ貸出金の多くが不良債権となっており、潔く自ら退任を申し出るべきではないのかと思っていた。
しかし植木頭取の病気が維新銀行全体に大きな影響を与えることになった。竹下は自分にも次期頭取のチャンスがあったのに、小雪のママとの関係が明るみに出て頭取レースから外れされた上に、このままの体制が続くと取締役も解任される恐れもあると言われ、今は谷本専務の頭取就任に賭けるしかないと思うようになっていた。
つい先程竹下と会った河辺は、植木頭取と同じ西部大学の出身で先輩後輩に当たり、確かに河辺としては抜き差しならぬ境遇に立ち至ったのかもしれない。河辺が中立の態度を取ったことは竹下も頭の中では理解し、またそれを言える河辺の行為を羨ましいと思った。その反面組合出身の役員は谷本専務との強い絆で結ばれている筈なのに、河辺は敢えてその絆を振り解く行為をしてきた。組合出身者の団結を乱す河辺の行為に対して、竹下は次第に腹立たしさが募って来た。谷本頭取が成就した暁には、必ず人事でその仕返しをしようと心の中で呟いた。暫くして竹下は応接室を離れ、役員室に戻っていった。
「この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません」
▼関連リンク
・「維新銀行」~第一部 夜明け前(1)
※記事へのご意見はこちら