「世界の皆さま、南相馬市へのご支援をよろしくお願いします」――福島第一原発事故直後、動画サイトを通じて世界にこう訴えた福島県南相馬市長の桜井勝延氏。あれから1年以上が経ったが、いまだに国家主導の復興は道半ばだ。市民が放射能という見えない恐怖と戦うなか、度重なる過酷な決断を強いられてきた桜井市長は今、胸の内にどのような思いを秘めているのか。また、ここまで自身を支えてきた力の原点とは。
<最大の問題は精神的な劣化>
原発事故の処理では、本当に胸が潰れるほど厳しい判断ばかりでしたが、結果的には自分がどういう風に生きるかという、自分自身への回答と重なるところが大きかったような気がします。日本にはもっと良い国になってほしいし、被災地の復興を通じて良い国にしたいと思っています。人間が清々しく自分の思いを伝えられるような社会をつくるためにも、教育がいろいろな意味でより充実していかなければならないと思います。
日本は世界各国から見て、金銭的な獲得という観点だけであれば、まだ「黄金の国ジパング」に近いと思います。ただ、実際に日本で生きて行こうとすれば、本当の「黄金の国」かどうかは、また違った側面が見えるのではないかと思います。わび、さび、質素、恥の文化など、日本が築き上げてきた文化が、原発事故を契機にどこかへ行ってしまった気がします。
東日本大震災後は、日本の正の面も負の面もすべて噴出しました。南相馬市も同じです。やはり人々のエゴが出てきます。自分がまわりとどのように関わって生きてきたかということを、個人的、客観的に判断できなくなり、自分の今ある立場を最大悲劇的に描く。そして、自分より少しだけ有利な人と比較し、自分に足りないものを他人に要求しそれを獲得したい、という構図があまりにも強くなっている気がします。
1つの結論を述べるとすれば、原発事故の最大の問題は"人間の精神的な劣化"ではないでしょうか。ここで踏みとどまって、自分自身をもういちどきちんとつくり上げられる人は、すごくしっかりした人間だと思います。
南相馬市には今、派遣職員としてほかの自治体から約30人に来てもらっています。ここにいるのは、すごく有意義なことだと思います。彼らが1年間にどのような現実を見て、各自治体に持ち帰るか。去年も来てもらいましたが、今年は長期で1年間くらい滞在する人もいます。地元住民と接し、また当市の職員と接して、今まで自分たちがいた自治体とはまったく違った見方ができるかもしれませんし、彼らの獲得したものを題材に各自治体で議論してもらうのは、今後大きな財産になると思います。
行政としての在り方は、一言で言えば"難しく"なりました。市民の方々からさまざまな要求、欲望が出てきますから。もはや行政運営の原則論だけでは通用しません。これは議会も同じような状況で、住民と同じ立場に立っていると言いつつも、自身が要求する立場になったものですから、ガバナンスというものが難しい状況があるのが現実です。
<プロフィール>
桜井 勝延(さくらい かつのぶ)
1956年生まれ。福島県南相馬市出身。岩手大学農学部を卒業後、酪農に従事。2003年3月4日から10年1月10日まで南相馬市議会議員を2期務める。同年1月29日から南相馬市長。You Tubeで東日本大震災に見舞われた同市の被災状況を訴え、米タイム誌から「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。
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