2024年04月23日( 火 )

劇団わらび座が育む「あきた芸術村」は滞在型リゾート(後)

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(株)わらび座

「外来者」から地域密着ファン向けから一般向けへ

 わらび座が現在地に定着してから60年以上が過ぎたが、当初はやはり「よそもの」という立場を離れることができなかった。もともとは劇団の発足は東京であり、メンバーの一人が秋田出身ではあったが、創設者の故・原太郎氏が「生活の中に民謡や踊りがある農村にこそ、演劇が生きる道がある」という思いからこの地を選んだのである。秋田県内には、他では考えられない量の民謡が残っていたためだ。これは裏返せば古くからの地域コミュニティがしっかり残っていたことを意味し、それだけに外来者との壁があった。そこを崩し、本当の意味で地域密着を果たすための重要な要素になったのが、92年のホテル開業と、96年の芸術村スタートである。

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 それまではわらび座のファンに限られていた客層は、一気に広がりを見せた。また、地域住民にも食や温泉というメリットが生まれたのは非常に大きい。また、雇用面でも大きな影響が生まれた。劇場という特殊な技能が必要な仕事とは違い、ホテルや飲食ならば地域住民がパートタイマーで就労することもできる。

 あきた芸術村の存在は、わらび座グループのビジネス面を手堅く支えている。本業はあくまでも演劇だが、公演のチケット収入だけではどうしても赤字。そこを補てんしているのが、芸術村の収益事業や、公的助成の活用だ。

 「演劇や芸術は、非日常ではなく日々に根差した生活の必需品」という考え方と、あきた芸術村の「滞在型リゾート」というスタイルは見事にマッチしているといえるだろう。

(了)
【深水 央】

※本記事は2017年1月7日にNetIB-Newsで掲載したものです。

<COMPANY INFORMATION>
代 表:山川 龍巳
所在地:秋田県仙北市田沢湖卒田字早稲田430
設 立:1971年3月
資本金:4,900万円
売上高:(16/3)18億7,000万円

 
(前)

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