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2017年03月21日 07:02

哲学とは「人生論」のことではありません!(2)

玉川大学文学部人間学科教授 岡本 裕一朗 氏

言語によって世界が構築される言語論的転回

 ――本題に入る前の予備知識として、今までの世界の哲学潮流についてやさしく教えていただけますか。

 岡本 世界の哲学潮流にはいくつかの考え方があります。ここでは、最も分かりやすい方法でお話します。20世紀に起こった「言語論的転回」(言語を分析)をはさんで、それ以前の17世紀ころから始まった「認識論的転回」(意識を分析)と21世紀に始まりつつあるポスト「言語論的転回」の大きく3つに分けて考えます。

 近代哲学は通常、デカルトに始まる大陸系の合理論とロックやヒュームからのイギリスの経験論に分けられます。このいずれも主観と客観の関係に基づいた「意識」の分析に集中します。こうした問題設定が「認識論的転回」と言います。17世紀ころから始まり数百年続きました。

 その後、19世紀末ころから20世紀初めにかけて「言語論的転回」が引き起こされます。言語論的転回では「言語によって世界が構築される」(「言語構築主義」)と考えます。意識のあり方を根本的に規定しているのは言語であると考えるわけです。20世紀の後半には、世界の至る所で言語論的転回が積極的に推し進められました。現在でもこの言語構築主義や「異なる言語ゲームは共約不可能である」(「相対主義」)は哲学だけでなく、文化全般にまで浸透し、私たちの多くもそれを受け入れています。

善悪や正義に関しても普遍的な真理はない?

 しかし一方で、言語論的転回を進めて行った場合、文化や歴史が異なれば、道徳的な「善悪」や法的な「正義」に関しても、普遍的な真理はなく、多様な意見があるにすぎないとされてしまいます。究極的には、自然科学的な事柄に関しても多様な解釈があるだけでどの説が正しいのかは決定できないということになってしまうのです。

 現在世界にはさまざまな風習が残っています。インドのサティ「寡婦焚死」(ヒンドゥー社会における慣行で、寡婦が夫の亡骸とともに焼身自殺をすること)や「女子割礼」も中東やアフリカに多く見られます。国連が女性の人権尊重の立場からそのような残虐な暴力的行為を止めさせるために介入しようとした場合、それに対しても、言語論的転回の相対主義の立場からは、「それはその地方独特の文化なので無理に止めさせる必要はないのではないか」という批判が出てくるわけです。もっと、分かり易い例を挙げますと、ギリシャでは奴隷制が認められていました。仮に今もしどこかの国で奴隷制を復活させた場合、別の社会の人間が「それは誤りであるから止めなさい」と介入できるかという疑問です。

言語論的転回に代わる新たな思考を模索した

 そこで、21世紀を迎えるころには、言語論的転回に代わる新たな思考が模索されるようになりました。まだ始まったばかりですが、今大きく3つの柱ができています。

 1つ目は、「自然主義的転回」です。代表的な哲学者はチャーチランド(カリフォルニア大学サンディエゴ校教授)とクラーク(エディンバラ大学教授)です。「言語」の哲学から「心」の哲学への転換を唱え、最近の認知科学、脳科学、情報科学、生命科学などの成果も取り入れています。彼らは「心」を頭の中に閉じ込めず、むしろ身体やその周りの環境との相関関係において理解しようとしています。哲学は今や心理学や脳科学と密接に連携するようになっています。

 2つ目は、「メディア・技術論的転回」です。代表的な哲学者はスティグレール(フランスのリサーチ&イノベーション研究所所長)とクレーマー(ベルリン自由大学教授)です。音声言語や手書き文字、書物や映像、コンピューターなどのメディア(伝達媒体)に注目し、「メディオロジー」(コミュニケーションが行われるときの物質的・技術的な媒体を問題にする学問)を提唱しています。

 3つ目は、「実在論的転回」です。代表的な哲学者はメイヤスー(パリ第1大学准教授)とガブリエル(ボン大学教授)です。この「転回」を提唱している研究者たちは若手が多く大きな可能性を秘めています。フランスのメイヤスーはかつての「素朴実在論」と異なり、彼が「実在」と考えているのは、数学や科学によって理解できるものです。
 一方ドイツのガブリエルは「新実在論」を提唱しています。物理的な対象だけでなく、それに関する「思想」「心」「感情」「信念」さらには一角獣のような「空想」さえも存在すると考えます。

 以上の3つで現代世界の哲学的な潮流を網羅しているわけではありません。しかし、最近の目立った傾向として、この3つの動きは捉えておく必要があるとおもいます

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
岡本 裕一朗(おかもと・ゆういちろう)
 1954年福岡生まれ。九州大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。九州大学文学部助手を経て、現在は玉川大学文学部人間学科教授。西洋の近現代思想を専門とするが、興味関心は幅広く、領域横断的な研究をしている。
 著書として『フランス現代思想史―構造主義からデリダ以後へ』(中公新書)、『思考実験―世界と哲学をつなぐ75問』、『12歳からの現代思想』(以上、ちくま新書)、『モノ・サピエンスー物質化・単一化していく人類』(光文社新書)、『ネオ・プラグマティズムとは何か―ボスト分析哲学の新展開』、『ヘーゲルと現代思想の臨界―ポストモダンのフクロウたち』、『ポストモダンの思想的根拠―9.11と管理社会』、『異議あり!生命・環境倫理学』(以上、ナカニシヤ出版)、『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)など多数。

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