2024年04月24日( 水 )

マンチェスター・テロ事件の隠された背景と意外な展開(前)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

国際政治経済学者 浜田 和幸 氏

 6月8日の総選挙を控えた英国のマンチェスターで起こった自爆テロは悲惨なものだった。8歳の少女を含む、主にティーンエイジャー22人の命が失われた。しかも、60人近い負傷者のなかには、今現在も生死の境目をさまよう重傷者が20人以上もいる。

 自爆テロの実行犯はリビア系英国人で、22歳のサルマン・アベディ容疑者。これまで何度もリビアを訪ね、事件発生の数日前に英国に戻ってきたばかりだった。マンチェスターは英国のなかでもリビア系移民が最も多く住んでいる都市に他ならない。その数は20万人近い。

 独裁者カダフィの迫害を逃れてきた難民が多く、宗教的にも経済的にも互いに助け合う連帯感の強い地域として知られている。アベディ容疑者は年長者を敬うことで知られた青年だったようだが、短気かつ内向的な性格がいつしかイスラム過激派思想に染まっていったようだ。

 地元の礼拝所には熱心に通っていたが、「テロをいさめるような説教には強く反発していた」という。また、マリファナを吸引するようにもなり、街頭で大声を発し、コーランを暗唱するといった奇妙な行動を見せるようになる。地元の大学を中退し、イスラム教徒特有の民族衣装を身にまとうようになり、髭も伸ばすようになった。

 その後、父親や弟のいるリビア通いが始まる。彼の言動に「いつか自爆テロをしでかすに違いない」と危機感を抱いた知人らは、5年前から警察にその旨を通告していた。とくに、昨年、アベディ容疑者の友人で18歳のイスラム教徒がマンチェスターで英国人グループに殺害される事件が起こった後、彼の「復讐心」は抑えようがなくなったらしく、彼を知る周囲の人間は「必ず何かやるだろう」と確信していたという。

 そうした恐れを感じ、多くの通報があったため、当然、警察の監視対象になっているかと思われたが、なぜかそうはならず、今回の犯行に至ってしまった。ロンドン・オリンピック以降、テロ対策の一環で、要注意人物の監視を強化してきた英国だが、対象人物が多過ぎ、十分な対応ができなかったようだ。

 いくら町中に監視カメラを設置しても、心のなかは見通せない。さらにいえば、監視カメラの不審者情報に振り回され、警察や治安当局が肝心のテロ容疑者を見過ごしてしまった観すらある。日本でも共謀罪に関する議論のなかで監視カメラや盗聴の是非が問われているが、「監視のための監視」では意味がないだろう。

 今回の事件が起きる直前、英国の主要都市ではテロ対策の訓練が実施されていた。何のための訓練だったのか。思えば、ボストン・マラソンでの爆破テロが発生した際にも、直前に大規模な訓練が実施されたばかりだった。

 それにしても、コンサート会場の近くに借りていたアパートで爆弾を製造し、それをリュックサックに詰め、ヨーロッパ最大のコンサート会場と最寄りの駅をつなぐコンコースでの大胆な犯行である。大勢の警備員や警官が配備されていたにもかかわらず、誰からも見とがめられなかったというのは不可思議である。

 しかも、爆死した遺体のズボンのポケットから本人の身元を特定する銀行カードが見つかったというのも腑に落ちない。それで思い出すのは、2001年の「9.11テロ」だ。あの時も、ニューヨークの世界貿易センターに突っ込んだハイジャック機の乗っ取り犯のパスポートが瓦礫の山の中から綺麗な状態で見つかり、「犯人の特定につながった」とされたものだ。

 どう考えても、あり得ない話だろう。事前に仕組まれた演出としか考えられない。マンチェスター警察は事件後、犯行現場に向かうアベディ容疑者の監視カメラ映像を公開した。実に鮮明な映像で、事前に行動を把握していたのではないかと思えるほどだ。

 しかも、犯行の15分前に容疑者がリビアにいる弟に電話をし、「これから自分が行う行為を許してほしい。お母さんによろしく」と自らの犯行を認める内容を伝えていたことを明らかにしている。すべてが前もって仕組まれていたのではないだろうか。

 後に明らかになるかも知れないが、今回のようなテロを機会に厳重な監視社会を構築する必要を訴える組織が係わっていたに違いない。事件発生の数時間後に、アメリカのメディアがアベディ容疑者を名指して犯人として報道しているからである。英国での発表よりはるかに早かった。事件を受け、英国でも全国一斉に監視体制が強化された。

 実は、アメリカやフランスの諜報機関は以前からこのアベディ容疑者が危険な存在であることは承知していた。そのことを英国のBBC放送も報道している。とはいえ、メンツを潰されたかたちになったため、英国のメイ首相はアメリカのトランプ大統領に対して「機密情報の扱いを注意してほしい」とクレームをつけ、イタリアのシシリー島で開かれたG7サミットの場で不快感を露わにさえしている。

(つづく)

<プロフィール>
hamada_prf浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鉄、米戦略国際問題研究所、米議会調査局等を経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選を果たした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。
今年7月にネット出版した原田翔太氏との共著『未来予見〜「未来が見える人」は何をやっているのか?21世紀版知的未来学入門~』(ユナイテッドリンクスジャパン)がアマゾンでベストセラーに。

 
(後)

関連キーワード

関連記事