2024年03月29日( 金 )

「脱走は想定内」刑務官OBが語る「塀のない刑務所」の真実

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 4月8日夜に発覚した、松山刑務所大井造船作業場(愛媛県今治市)の脱走事件。事件発生から11日を過ぎたが、いまだに「脱獄囚」の逮捕には至っていない。

 「実は、大井作業場での脱走はある意味『想定内』なんですよ」と苦笑交じりに語ってくれたのは、刑務官OBのA氏。行刑施設の長を務めた経験もある。
 「報道の通り、大井作業場には脱走を食い止めるための塀はない。ごく普通の造船場の一角で、周囲には一般的な金網のフェンスがあるだけ」だという。このような開放的施設は鹿児島刑務所吉松農場、広島刑務所尾道刑務支所有井作業場など数カ所ある。なかでも千葉県にある市原刑務所は施設全体が「開放的」であり、400人を超す受刑者が塀のない刑務所で刑期を過ごしている。
 「大井作業場に移送される受刑者は、『強のつく犯罪(強盗、強姦、殺人などの重罪を指す)』を犯していない者で、かつ更生の意欲が高く、生活態度のよい者。ここに来ると100%仮釈放になるし、仮釈放までの期間が大幅に短縮される。しかもしっかり手に職がつく」ということだから、早く社会復帰をしたいという受刑者にしてみれば垂涎の刑務所、ということになる。

 にもかかわらず脱走者が出る、というのはなぜか。その要因の1つとして考えられるのは、開放的施設では集団行動や社会生活への復帰を目指しているため、所内の管理は受刑者同士の自治に任されているという。そこにいじめのような構造はないのか。「ある」というのがA氏の回答。「よくある、運動部の先輩後輩の構図を考えてもらえばわかる。作業場に先に入ったものが偉いということ。年季が古い受刑者が仮釈放で出所すれば繰り上がり、新たに入ってくる受刑者は下っ端扱い。かつて自分たちがやられたことを、年季が古くなれば新入り相手にやるという構造だ」。
 この人間関係に嫌気がさして脱走した、というケースも過去にあったという。「脱走となれば、当然仮釈放は取り消し。刑期をいっぱいまで務めたうえで、『逃走罪』に問われることになる。単独なら1年以下の懲役(単純逃走罪)、複数で通謀したり、暴行、脅迫、刑務所施設を壊すなどのことがあれば3月以上5年以下の懲役(加重逃走罪)だ」。それだけのリスクを冒してでも逃げたい理由がある、ということなのだろう。

 「大井作業場の定員は40名、対して刑務官は10名程度。昼間に作業の監督をしたり、夜間宿直しているのは3~4名のはず」と、警備は厳重ではない。だからこそ、冒頭のように「想定内」という言葉も出るのだろうか。「『脱走だ』という一報が入ったときに、『大井(作業場)だ』となると言葉は悪いがちょっとホッとするのは正直なところ。たとえば九州だと熊本刑務所に収容されているような、殺人などの重大な犯罪を犯した受刑者が脱走したとなると、緊張感は段違いになる」。

 とはいえ地域住民の不安は募る。上川陽子法務大臣は17日、刑務官96人を受刑者が潜伏しているとみられる広島県尾道市の向島にある小中学校に配置した。これについてA氏は、「これはあくまで地域住民に対するイメージ対策」とみる。なぜなら、仮にこれらの刑務官が脱走した受刑者を発見しても、取り押さえる権限は持たないため。「刑務官が脱走した受刑者を取り押さえることができるのは、逃走後48時間まで。それ以降は警察マター」というのが実際のところ。かねてから人手不足が叫ばれている刑務官が「おそらく関西以西のすべての施設から動員されている」ということだ。

 潜伏、あるいは逃亡を続けている受刑者。「受刑者が外部とやりとりした手紙や、面会時の会話内容などはすべて警察に情報提供しているはず。そこから想定される立ち回り先はマークされている」となると、やはり向島の山野や空き家に潜んでいるのだろうか。空き家の捜索には家屋の持ち主に対して令状が必要になり、1,000軒ともいわれる空き家の持ち主を探して令状を取るというのは現実的ではない。
 A氏は「少年院や少年鑑別所からの脱走なら簡単なんですよね、付き合っている彼女の家の前で待っていれば9割はそこに来る」というが、はたして今回逃走中の受刑者はどこに潜み、どこに向かっているのだろうか。

 

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