2024年05月11日( 土 )

ウクライナ戦争を左右する最新テクノロジーとマスク氏の思惑(中)

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国際未来科学研究所
代表 浜田 和幸

マネーゲームの天才=マスク氏

マネーゲームの天才、イーロン・マスク氏
マネーゲームの天才、イーロン・マスク氏

    そんななか、今や2,700億ドルの資産を手にし、世界一の大富豪となったイーロン・マスク氏の動きが気になります。彼が所有する電気自動車「テスラ」の株価は昨年末、1兆ドルを突破しました。いわば「話題づくりの天才」といわれるマスク氏ですが、このところは、「ツイッター社」の株を密かに買い占め、あっという間に9%を超える株を取得し、筆頭株主に躍り出たうえで、同社の買収宣言もしました。しかし、この世紀の買収劇をめぐってはまだまだ一波乱ありそうです。有利な条件で交渉をまとめようとするマスク氏の手練手管でしょうか、「ツイッターが内部情報を隠蔽しているので、このままでは交渉の撤回もあり得る」と脅しを仕掛けています。

 そうした「マネーゲームの天才=マスク氏」が凄腕を発揮しているのがウクライナ戦争にほかなりません。当初、圧倒的な軍事力を誇るロシアがウクライナを短期間で制圧すると見られていましたが、なんとウクライナ軍はロシア軍を相手にほぼ互角の戦いを演じているではありませんか。それを可能にしているのがマスク氏です。

 同氏の宇宙ロケット開発会社「スペースX」が所有する「スターリンク」の通信衛星網による情報によって、ウクライナ軍はロシア軍の動きを逐一把握できているからです。また、ロシア軍の通信傍受も行っており、ロシア軍の前線指揮官の居場所も押さえているため、ウクライナの狙撃兵は次々と彼らの命を奪っています。

スターリンク
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    2月24日の開戦直後、ロシア軍はウクライナ軍が利用していたアメリカの衛星通信システム「ビアサット」をハッキングし、ウクライナ軍の通信司令網を機能マヒに陥れました。これでは反撃もできないと危機的状況に陥ったウクライナはなんと直接マスク氏に救援を要請したのです。

 その要請に即座に反応し、マスク氏はたった3日でウクライナへのインターネット通信機能の提供を完了させたのです。もちろん、ロシアからのハッキングを防ぐための暗号化システムも同時に提供しました。こうした素早い支援があって、ウクライナ軍はロシア軍を押し返す作戦を実行できていると思われます。マスク氏は自社の通信衛星網から50基をウクライナ専用に回す手際の良さを見せました。また基地局をポーランドに設置することでロシアからの攻撃を避けています。

 もちろん、マスク氏はタダでウクライナ支援をやっているわけではありません。アメリカ政府と渡り合って、USAIDと呼ばれるアメリカの海外援助予算からしっかりと資金を得たうえで必要なサービスを提供しています。まさに「即効戦争ビジネス」といえるでしょう。マスク氏にとってウクライナ戦争は自らの最新テクノロジーや各国のトップと渡り合ってきた経験を最大限に活かし、ゼレンスキー大統領をヒーローの座に押し上げる格好の舞台になっているのです。

 ゼレンスキー大統領はツイッターなどSNSをフルに活用し、世界から同情と支援を勝ち取っています。それができているのはマスク氏が提供しているインターネットサービスのおかげです。もちろん、ロシア側はスターリンクを遮断しようと多くのハッカーを動員してきました。しかし、この分野においてはマスク氏が一枚上手のようで、常にロシア側の一歩先を制しているようです。「デジタル戦闘能力」においてはマスク氏がロシア軍を圧倒しています。

 いずれにしても、マスク氏がウクライナ戦争に関与するきっかけになったのも、ツイッターでした。これまで、マスク氏はツイッターを最も有効活用するヘビーユーザーでしたが、同時に、ツイッターの経営方針や運用手法には批判的だったものです。とはいえ、マスク氏のツイッターのフォロワー数は半端ではなく、9,900万人を超えています(ウクライナ政府のIT担当大臣もツイッター経由でマスク氏にSOSを送りました)。

スターリンク
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    要は、ツイッターこそが「テスラ」や「スペースX」そして、最近立ち上げた「ニューラリンク」などの宣伝広告媒体となっていることは誰の目にも明らかです。それだけツイッターの恩恵に与っているのですが、マスク氏曰く「表現の自由が十分に確保されていない。不都合な情報や意見が削除され、また表示されないこともある」。

 しかし、マスク氏は新たなプラットフォームを設立するのではなく、ツイッターを乗っ取り、筆頭株主として内部から変革する道を選んだわけです。というのもツイッターの大株主は皆投資ファンドで、個人の大株主はいません。ニューヨーク市場も好感したようで、ツイッターの株価は27%も跳ね上がり、370億ドルとなり、マスク氏の保有株も一夜にして大化けしました。まさに「マスク効果」そのものです。

 実は、ツイッター社は経営的には苦境に落ち込んでいます。投資家からは「成長速度が落ち、将来性に陰りが見える」との指摘が相次いでいました。そのため、アクティブユーザー数を現在の2億1,700万人から3億1,500万人にまで拡大し、2023年までに収益を倍増する目標を設定したばかりです。はたして、「マスク効果」でその計画は実現できるのでしょうか。いずれにせよ、ウクライナ戦争を通じてロシアを撃退した「影のヒーロー」として名乗りを上げることでさらなる飛躍を狙っているに違いありません。

(つづく)

浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
 国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)は2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。近著に『イーロン・マスク 次の標的「IoBビジネス」とは何か』(祥伝社新書)。

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