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経済小説

天国と地獄の狭間~新興デベロッパーの倒産から再出発までの600日の記録 (149)
経済小説
2011年5月17日 07:00

<人の上に立つ者として>

入社した時点では、2名の部下を持った... 私はDKホールディングスに社長室長として入社した時点では、2名の部下を持った。美人広報とシステム担当の男性である。その後、取締役総務・経理担当となったことにより部下の数が広がり、最後には、直属はしないが事実上面倒を見ていた経営企画と内部監査を含めると22名の部下を持っていた。それに経営陣は代表取締役と連帯して、ステークホルダーに対する責任を負うという観点からいえは、100名を超える社員全員を指揮する立場であった。
 私は、どちらかといえば沈思黙考を好むタイプで、適性としては指揮官というよりも参謀であり、いつも参謀としての価値観を主にして業務に当たった。しかし直属部下から見れば、私は司令官であった。また会社全体のなかでも営業面は江口常務が、管理面は私が、それぞれ会長、社長に対して全面的に責任を負う組織であったので、私自身も人の上に立つ者としての統帥を意識した。ことに会社が民事再生という未曾有の事態に直面してからは、司令官としての意識で会社を引っ張ったつもりである。

 私は、大東亜戦争時代の陸軍大将の今村均という人を尊敬している。人の上に立つ者として必要な責任感、使命感、統率力、知略、誠実性、人間性。今村大将はそのすべてを持っていた。
 大東亜戦争は、欧米でまだ人種差別が当たり前だった時代にアメリカ、イギリスの両白人帝国を中心とする欧米勢力がまさに、わが国が生存するために必要な最小限の通商関係を奪ったため、唯一のアジアの先進国としてやむにやまれず矛を取った戦いであった。圧倒的な国力差があるなかでわが国は一撃離脱の先制攻撃を行ない、あとは同盟国が何とか勝利してくれれば明るさが見えてくる、という他力本願の戦でもあった。ここでは当時の政府の戦争指導が正しかったか否かなどには触れるつもりはない。しかし軍隊は国の方針に従って、圧倒的に劣るリソースで、強大な連合軍に立ち向かわざるを得なかった。

 そういうなかで、今村大将が最後に担当したのは、南方のラバウルである。今村大将はここに着任するや否や、そこから1,000キロ離れたガダルカナル島で3万人の兵隊が飢えに苦しんでいることを知った。ガダルカナルからは大本営の命令で約1万人が命からがら撤退したが、近い将来、ラバウルも周辺の制海、制空権を奪われ、本国からの補給が途絶するであろうことを確信した。そこで今村大将は、今のうちにと大本営に野菜や陸稲の種の調達を要請し、農業専門家や労務者の派遣を受け、ジャングルを開墾しての食糧自給を決意した。そうはいってもまだまだ連合艦隊が健在で、本国からは補給船が次々にやってくるため、血気にはやる若手参謀らは「畑仕事より戦闘訓練です」といってなかなか開墾には力をいれなかった。そこで今村大将は全軍団を3つに分け、1週間に2日は戦闘訓練、2日は築城(最後には制空権が奪われても全員が地下に潜り、連合軍が如何に大量の爆弾を投下しても何ら被害のない体制となった)、2日は食糧生産、敵情が許せば1日は休み、と決めて自活を徹底した。今村大将自身も耕地の割り当てを受け、畑仕事を率先垂範して行なった。これらの結果、ついに連合軍はラバウルの攻略を断念。素通りしてニューギニア、サイパン、硫黄島と攻め上っていった。ラバウルの10万人の兵隊は、お陰で飢えることなく終戦まで持ちこたえたのである。


〔登場者名はすべて仮称〕

(つづく)

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