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経済小説

トリアス久山物語『夢の始終』(5)~乱開発を遮断
経済小説
2011年8月11日 07:00

<同期に本省次官が5人>

 その他、いろいろな病気の予防に関して、小早川は九州大学との提携を行なった。
 なぜ、そんなに九大を使うのか、という問いに対する小早川の答えは、彼のリーダーシップに関する考え方を物語っている。

九州大学 「町ぐるみの健康管理をしようと思ったら、全町民に協力してもらわなければならん。私は、九大の先生方に『先生、なにも先生がやらっしゃることは全部満点ということはないかもしれないけれど、九大医学部という名前は、少なくとも西日本では最高なんです。そこの先生がおっしゃることなら、どんなことであろうとみんな信用するんです。だから、九大にお願いにあがるのです』と、言いよるのです。普通のお医者さんも同じことをいうのかもしれませんが、受け手の受け取り方がまったく違うんです。だから九大にやってもらうかもらわないかで、検診率は大きく違ってきます。医療も宗教と似たところがあって、どちらも権威が必要です。で、どうしても九大ということになります」

 なかなかのマキャベリスト振りである。

 このように強力な個性で町政を推し進めれば、中央官庁や県の幹部と軋轢が生じるのは避けられなかった。しかし、これらに対しても「火花が散るような喧嘩をしないと本音は出ない。」といって、けろりとしたものだった。それもそのはず、海軍経理学校の同期生が中央官庁の次官に5名、九大の後輩も県の幹部に大勢いて、いざとなればこれらの人々との繋がりで、相手先と率直な話し合いをすることができた。

 小早川は、このようにユニークなリーダーだったが、その真骨頂は、土地政策にある。
田中角栄の列島改造論に我が国全体が酔っていた時期だが、小早川町長の土地政策は、乱開発に対してはノーであった。
中央はもちろん開発規制も行なったが、実際には小規模な開発は規制対象外でもあった。このため、かえってミニ開発が増え、美しいまちづくりという観点からはマイナスだった。ところが、福岡市周辺の町村がこのような開発を次々と受け入れていく。

<開発を拒否する>

 久山町では都市計画法の公布と同時に全町域の96%を市街化調整区域として指定するよう県に上申し、乱開発を一気に遮断してしまった。

 否、町の一部にもすでに開発業者が買い上げた土地もあったが、それは町開発公社で買い上げて、それを町で唯一の工業団地にした。
 こうなると、土地と売りたい人が困ると考えるだろう。実際、小早川氏が、町の全体を市街化調整区域として建物を建てられないように指定してしまい、その後、その説明会を住民にしたところ、「それは、ひと言いってくれないと困りますたい」という声が多かったので、「要望があれば指定替えはします。しかし、原則はこうですたい」といって納得してもらった。

 小早川は、なぜこのように農地の私権を制限するようなことをしてまでも、乱開発から町を守ろうとしたのだろうか。

 「九州が本格的に開発に巻き込まれたのは、昭和40年代です。福岡県で言えば宗像町、大野城市、春日市などです。それを横目で見よりましてね。町内にもそこいらと縁故関係の者もおりましょう。土地を売って金がたくさん入った、なによりにぎやかになったという情報がしきりに入る。たしかに民心が浮ついてきました。
 ところが反面、人が増えて、せからしゅうなった。ところがよかったのは、久山町が開発が遅れとったことです。宗像町なんかも開発に入った時期やったね。だから、開発で変化したあとの状態の悪さが手に取るようにわかってきたわけでね。私が町長になったのは昭和39年だったですけれども、あんまり人口を増やしちゃいけん、とにかく環境整備から第一に始めていこうというこということで町議会とも一致したわけです」

 それにしても、市内全域を市街化調整区域に指定するほどの強権を発動してまでも乱開発から町を守ろうという理由は、本当に環境保全だけだったのだろうか。

 やはり、土地を売って、当時の金で何百万円も入る農家が出るいっぽうで、自分の土地が開発にかからなければ、来年も再来年も同じように農作業をして生活していかねばならない。ところが、全域が市街化調整区域に指定されてしまえば、開発は不可能であり、農地の売却は、ほぼありえないことになる。
 そこで、どうしても土地を売りたいのに売れなくなる農家からは、希望があればその土地はすべて町の開発公社で買い上げた。町内に一部、都市計画法の規制が間に合わず、3カ所の土地は開発業者の手に渡った。それらの土地も、公社で買い上げてしまった。買い上げた土地は、区画整理の換地などに活用した。

(つづく)
【石川 健一】

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<プロフィール>
石川 健一 (いしかわ けんいち)

東京出身、1967年生まれ。有名私大経済学卒。大卒後、大手スーパーに入社し、福岡の関連法人にてレジャー関連企業の立ち上げに携わる。その後、上場不動産会社に転職し、経営企画室長から管理担当常務まで務めるがリーマンショックの余波を受け民事再生に直面。倒産処理を終えた今は、前オーナー経営者が新たに設立した不動産会社で再チャレンジに取り組みつつ、原稿執筆活動を行なう。職業上の得意分野は経営計画、組織マネジメント、広報・IR、事業立ち上げ。執筆面での関心分野は、企業再生、組織マネジメント、流通・サービス業、航空・鉄道、近代戦史。


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