2024年05月11日( 土 )

「バカなフリをしないと、中国では商売できない」 アダルの事例から見るチャイナリスク(前)

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「チャイナリスク」という言葉がある。海外企業が中国でビジネスを行う際、政治や社会情勢、文化習慣的な原因によって、経済的な損失を被るなどのリスクの総称だ。中国に進出した日本企業は、ほぼ例外なく、日中の価値観、習慣、マナーなどの違いに直面する。「急にルールが変わる」「約束を守らない」などのトラブルは日常茶飯事。役人の汚職も常態化している。経済発展にともなう人件費などのコスト上昇もリスクになっている。アダルの事例をもとに、日系企業にとってのチャイナリスクについて整理する。


「中国経済の鈍化」と「モラルの低さ」

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 中国では1978年以降、鄧小平指導のもと、社会主義市場経済を目指す改革開放政策が推し進められた。安くて豊富な労働力や広大な用地などを求めて、多くの外国企業が進出。21世紀に入り、中国の工業製品の生産量は世界一に到達。「世界の工場」と呼ばれるようになった。中国政府は、獲得した外貨を元手に、国内のインフラ投資を拡大。中国経済は毎年10%を超える急速な成長を遂げ、世界第2位の経済大国となっている。そんな経済的な発展のウラでは、多くの海外企業が中国ならではのさまざまなカントリーリスク(チャイナリスク)に見舞われていた。ある企業は大損害を出し、またある企業は倒産撤退の憂き目にあっていた。

 チャイナリスクの大きな要因の1つは、中国経済の成長の鈍化だ。中国のGDPは、2003年から10年まで毎年10%前後の成長率を続けていたが、12年以降7%台に低下。17年には6%台まで落ちている。先日公表された18年の数字は6.6%。28年ぶりの低水準となった。ところが、国民所得は上昇傾向が続いている。07年と16年の中国人の平均賃金を比べると、地域や業種によって差はあるが、2.5倍〜3倍程度上昇している。経済成長が鈍化する一方、人件費は上昇するという状況は、海外企業が生産拠点を置くうえで、好ましいものではない。

 もう1つの要因が、コンプライアンス意識や労働モラルなどの違い(日本から見れば、低さ)になる。都合が悪くなると、ルールや約束を変更する(破る)、スキあらば、会社の金や備品などを横領、着服するなどの振る舞いだ。実際、中国政府の一方的な命令、売掛債権の回収不能や不正会計などによる日系企業の倒産のほか、清算(売却)のうえ、撤退する事例も少なくない。

 コンプライアンスの問題としては、役人の汚職もある。習近平国家主席は17年ごろから、「汚職撲滅運動」に躍起になってはいるが、権力闘争の意味合いが強く、役人の汚職体質がなくなるとは考えられない。数百年続いてきた国民の体質は、そう簡単に変わるものではないからだ。あくまで「表向きの話」として捉えておくのが、真相に近いといえる。

 多くの日本企業が、これらのリスクに見舞われ、中国から撤退している。この点について、(株)アダルの武野重美会長は「日本企業の90%が撤退を強いられ、実際に利益が出せるのは3%程度」と話している。武野会長率いるアダルは20数年間にわたって、中国でビジネスを継続してきた。現地で利益を上げる数少ない成功事例だが、ほかの日系企業に比べ、環境に恵まれていたわけではない。違いがあるとすれば、「どんなリスクにでも正面から向き合っていく」という経営者としての覚悟の有無ということになる。武野会長自身も「もうこれで大丈夫」と安心していない。武野会長の頭のなかはむしろ心配だらけ。まるで「絶対安心しない」ことが、中国ビジネスでは必要だと言っているかのようだ。

(つづく)
【大石 恭正】

(後)

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