【続】熊本TSMC進出の波紋とその衝撃(後)
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2022年9月にNetIB-NEWS上で「熊本TSMC進出の波紋とその衝撃」というタイトルで、半導体工場の建設状況のすさまじさとその影響・課題などについて論じた。そして、その締めくくりには「10年後あるいは20年後、福岡の1人勝ちといわれた時代は終わり、次世代産業の中心として発展する熊本県内の多くの自治体が『住みたい自治体ランキング』上位になっているかもしれない」とも伝えた。それから1年経たずして、また大きな動きが出てきた。TSMCの第二工場建設の発表と、SONYの携帯用半導体新工場の建設発表である。震災復興から九州No.1の都市へ、熊本の快進撃が止まらなくなりそうである。
熊本市内の大学も半導体人材の育成に注力
熊本市内の大学もTSMC(JASM)を中心とした半導体関連企業の集積に対応するための人材育成に取り組み始めた。22年11月、熊本大学は新学部「情報融合学環(仮称)」(60人)、さらに工学部内に「半導体デバイス工学課程(仮称)」(20人)をそれぞれ24年春に開設することを正式に発表した。半導体やデジタルトランスフォーメーション(DX)分野に関する人材、データサイエンス(DS)の活用や半導体の製造、開発を担う人材を養成し、昨年度末に約70人だった関連企業への就職者数を、10年後には倍増させるとしている。
また、22年10月には「くまもとの未来を拓くグローバルDX人材育成プロジェクト」と銘打って、熊本大学・熊本県立大学・東海大学の3大学が連携して、DX人材の育成をするための合同プロジェクトを立ち上げた。これは、文部科学省「地域活性化人材育成事業~SPARC~」にも採択されている。ちなみに今年4月、TSMC(JASM)に採用された新入社員125人のうち、熊本県内の熊本大学や崇城大学出身者がそれぞれ10人程度いるとのことである。
特需で土地不足、農地転用に不安も
TSMC(JASM)の第二工場やSONY新工場の建設の話も出てきたことで、熊本県全体が半導体関連企業の誘致で活気づいてきているが、もちろん良いことばかりではない。
とくに不動産に関しては、さらなる土地の争奪戦が激化し始めている模様で、土地の値段が高騰している。従来の相場の1.5~3倍で取引が成立するケースが散見され、売り渋りの動きも見られるという。その問題の原因は、TSMC(JASM)の新工場の周辺が市街化調整区域であるということのようだ。菊陽町の約85.3%は市街化調整区域であり、その大半は農地である。この市街化調整区域とは、「無秩序な市街化を防止し、計画的な市街化を図るため必要があるときに定める区域区分のうち、市街化を抑制すべき区域として定める区域」を指す。簡単にいうと、原則として建物を建てることができない地域と解釈して差し支えないだろう。
もともと農地として利用している土地の場合、その土地を農業以外の目的で使用するには「農地転用」の申請が必要になり、土地の広さによっては、農林水産大臣の許可が必要にもなってくるため、その手続きには時間がかかるし、面倒くさい。菊陽町には関連企業が事務所を建設したいとして農地転用を求める相談が相次いでいるそうだが、優良な農地の転用は法律で厳しく制限されていて、「土地を取得できる見通しが立たない」といった声もあるようだ。
しかしながら、工場建設中の今でも、5,000人規模の専門工事業者の宿泊施設や食事の確保が大変であることは素人が考えてもわかることで、工場完成後には、従業員の住宅やホテル・宿泊施設、アパート、マンション、スーパー・コンビニ、医療施設、学校施設、飲食店など生活インフラに必要な施設が必要となることもわかる。
3つの新たな高規格道路、熊本都市圏に整備計画
九州地方整備局は新たな広域道路ネットワークとして、「九州の南北・東西軸をつなぐネットワーク『クロス』からクロスを中心にリングで新たに連携するネットワーク『リング』へ」を広域道路ネットワーク形成イメージに据え、主要都市や空港・港湾・主要鉄道駅などの交通拠点を連絡する新たなビジョン・計画を策定した。
その具体的構想が、熊本都市圏の3つの道路整備計画「熊本都市圏北連絡道路」「熊本都市圏南連絡道路」「熊本空港連絡道路」である。この3つの路線を高規格道路と位置づけ、熊本市中心部から高速道路インターチェンジまでを約10分、空港までを約20分で結ぶ「10分・20分構想」を提案している。
高規格道路とは、サービス速度が概ね時速60km以上の道路など、広域的な道路ネットワークを構成する道路のことである。都市高速道路のようなものだと考えるとわかりやすい。また、県内の幹線道路の整備についても検討されており、こうした交通インフラ整備の全体構想が計画されていることが、TSMCやその関連企業が熊本に立地したいと考える要因の1つにもなっているようだ。
福岡の1人勝ちから熊本が九州No.1へ
16年の熊本地震から丸7年―熊本県・熊本市が中心となり、「震災復興」の旗頭の下に県内全域の自治体が一丸となって、その取り組みを行ってきた。その結果、TSMCの誘致に成功し、その波及効果はとんでもないことになりつつある。工場建設、企業誘致、交通インフラ整備とハード的な開発が進むなかで、今後は生活インフラ整備などのソフト的なところに重点が置かれていくことにもなるだろう。台湾から多くの方々が居住することになる場所には、やはり台湾夜市のような本格的な台湾料理のお店や屋台が立ち並ぶことも、おもてなしの1つかもしれない。課題も少なくないが、熊本県全域でのグランドデザインがしっかりしていれば、福岡と入れ替わって熊本が九州No.1の都市となる可能性も十分考えられる。明治期の産業革命までは、九州No.1の都市は熊本であったのだから。
(了)
<プロフィール>
下川 弘(しもかわ・ひろし)
1961年11月、福岡県飯塚市出身。熊本大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程を修了後、87年4月に(株)間組(現・(株)安藤・間)に入社。建築営業本部やベトナム現地法人のGM、本社土木事業本部・九州支店建築営業部・営業部長などを経て、21年11月末に退職。現在は(株)アクロテリオン・代表取締役を務める。ほかにC&C21研究会・理事や久留米工業大学非常勤講師など。月刊誌 I・Bまちづくりに記事を書きませんか?
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