2024年05月16日( 木 )

九州の観光産業を考える(19)オーバーツーリズム、どこ吹く風って話

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観光公害が激甚化

 コロナ第5類移行後の急激な旅行需要の回復―5月の連休には、国内の有名観光地はけたたましい人出に見舞われるのだろう。さらに伸長著しいインバウンドへ目を向ければ、人気渡航先“JAPAN”のヘビーユーザーは、訪問回数を重ねるにつれ、仕入れた“NIPPON”情報を頼りに、定番観光ではなく穴場へ足を向け始めているようだ。興味分野へ踏み込んでいったり、アクティビティ体験を通して、奥義への道のりの険しさ、楽しさを認識したりして、インスタ映え観光地の混沌とは無縁の時空間を獲得していく。

 The New York Times紙が「2024年に行くべき52カ所」の1つとして、山口市を紹介した。京都のすさまじい混雑ぶりを賢く回避し、日本の古都体験を九州の隣地で得られる旅へ言及してくれたのはありがたい。国際的有力紙の言わば外圧により、インバウンド客のみならず日本人の旅行先選びにも、今一度視野を広げてくれるものと期待する。

浅草仲見世通りは外国人観光客であふれる以前も通行困難だった
浅草仲見世通りは外国人観光客で
あふれる以前も通行困難だった

    かつては肯定的に修辞されていた「大変な賑わいよう」は、今や「オーバーツーリズム」という否定的な意味合いの言葉に置き換えられる。これは、受入れ能力の適正値に対し、流入人数が過剰に溢れ返る物量事象にとどまらず、住民の生活面を含め質的な「害悪」を外来客が地域社会へもたらし苦しめていることを、看過できなくなってきたからだ。歩行困難な人混みやマナー違反をはじめ、異文化との摩擦が生じるだけでなく、地域の処理能力を上回る数の来街者は、受入れ地の商業者にとっても“儲け損なう”状況を出来(しゅったい)させているのだ。

THRCと体験価値

 23年、東京ディズニーランド(TDL)は1日当たり入場者数の上限を、それまでの7万人台から6万人台へ引き下げると発表した。コロナ禍、ソーシャルディスタンスへ配慮し、1日最大5,000人に減らしていた経験則から、空いたパークの利点、来場客の満足度などを、装置産業ながら採算ラインに乗せる戦略的変更に至ったのだろう。

 ディズニーのテーマパークにはTheoretical Hourly Ride Capacity(THRC)という運営指標がある。さまざまなアトラクションが時間あたり捌ける客数の理論値だ。フロリダWDWではTHRCの90%程度をピーク時のOperational Hourly Ride Capacity(OHRC)とし、通常は平均約75%で稼働させているようだ。パークコンセプトを保持するためには、極限値での運営はあり得ない。飲食施設も同様の指標を用い、屋外の回遊客を含めたパーク全体で一時滞留者数の最大値に見当をつけるものだ。すなわち、パークの「オーバーツーリズム」による秩序破綻を回避するための見極めであり、観光まちづくりの観点からすれば、街のキャパシティーとエリアマネジメントの効率的相関を計る考え方だ。もちろん高効率に街を駆動させるには、精緻で一体的な運営がセットであることはいうまでもない。

国策は二律背反か

渡船の便数、席数により入島者数の制限が自ずとかかる安芸の宮島
渡船の便数、席数により
入島者数の制限が​​​​​​自ずとかかる安芸の宮島

    TDLは開業当初、入場券とアトラクション券を別々に販売していた。収入を入場者の頭数に頼るビジネスモデル。人気アトラクションに充てるEチケット(注:現在のネット購入によるeチケットとは異なる)は使い切り、Aチケットが残って入園のたびに溜まっていく。そんな時代、総入場者が10万人に迫ったか超えてしまったかという一日があった。見渡す限り人の波。自販機はないから、1杯のドリンクを買うのにさえ対人サービスがモットーの飲食施設で、げんなりするほど時間を要した。

 これは、我が国のかつての評価尺度を用いれば、大人気振りを証する勝者の光景だ。しかし、TDLにとって黒歴史のこの日、ゲストは行列に疲れ果て、腹を減らし、土産も満足に買えなかった。楽しさを遠ざけ、笑顔を失わせ、消費機会を奪った。泣きっ面に蜂、全体売上は入場者の頭数から予測する数字を下回る結果を招く。大混雑は不効率だらけで、経営者にも現場のキャストにもゲストにも利をもたらさないことを、はっきりさせる教訓となった。

 ほどなくTDLは入園券とアトラクション券を統合し、基本的には一日券のスタイルとした。一日の最大入場者数もたしか8万人に設定されたように記憶する。そして23年からの6万人制限だ。消費単価を着実に上げてきた実績も自信の裏付けにあろう、環境演出サービスを含めた包括的料金体系で、体験価値と収益を最大化する構図に大きく変えてきた。

 山梨県は富士山登山の混雑に対処するため、今夏から入山料2,000円を徴収する条例案を議会で可決した。任意の保全協力金1,000円を加えると1人3,000円の負担だ。登山者も1日4,000人に制限する。静岡県側の登山道に制限は設けられないから静岡ルートへの殺到が心配だが、TDL、富士山といった日本観光の代表格は、「押し合いへし合い」と縁切りするのだ。

大阪・関西万博
オーバーツーリズムを地でいく?

 会場面積155haに会期183日で2,820万人を入場させるとする。1日平均15万5,000人。1日最大23万人だと。51haのTDLと対比すれば成立しそうに錯覚するが、パーク全体を垂直統合し、巧みにゲストを移動・配置・滞留・また流動させるTDLの見事な運営で適正な環境サービスが担保されていることを考えると、万博は開催費を賄う数字合わせによる対処困難な入場者数に見えてくる。

 あれあれ、万博の実質主催者である日本国は、オーバーツーリズム解消を各地の観光地へ声高に訴え、各種補助策を繰り出しているんじゃなかったか?それなのに大混雑まっしぐら標榜の大阪・関西万博、どういう料簡なのだろう。オーバーツーリズムを資源化する仰天ソフトを、どこかの出展者が提供するのを期待しているのだろうか。知らんけど。


<プロフィール>
國谷 恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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