2024年05月10日( 金 )

南阿蘇鉄道の全線復旧と今後の課題(後)

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運輸評論家 堀内 重人

 南阿蘇鉄道(株)は1986年4月の第三セクター鉄道への移行以来、観光客の誘致に力を入れてきた。ところが、2016年4月14日に発生した熊本大地震で甚大な被害を受け、全線で運休となってしまった。比較的被害が小さかった区間は同年7月31日から運転が再開されたが、立野~中松間はトンネルの崩落や橋梁の流出など被害が甚大であったことから、一時期は廃線も取りざたされた。その後、同社は国土交通省から「鉄道事業再構築事業」の認定を受けて列車の運行を担う第二種鉄道事業者となり、インフラは南阿蘇鉄道管理機構が所有して、公有民営の上下分離経営を実施するかたちで2023年7月15日から全線で運行が再開された。

2016年熊本地震による被災と運行の再開(つづき)

南阿蘇鉄道の看板列車のトロッコ列車「ゆうすげ号」は、機関車牽引である
写真1
南阿蘇鉄道の看板列車のトロッコ列車
「ゆうすげ号」は、機関車牽引である

    中松~高森間で運行が再開された2016年7月31日から同8月31日までは、夏休み期間中ということもあり、平日・土日祝日ともに普通列車1往復、トロッコ列車(写真1)3往復が運転された。二学期が始まる9月1日からは、平日で普通列車が3往復運行されるようになる。土日祝日は観光客の利用を見込んで4往復。内訳は、始発1往復が普通列車、残りの3往復がトロッコ列車であった。同年12月1日からのダイヤでは、冬場であるからトロッコ列車は運転されず、普通列車が1日に3往復運転された。翌17年4月16日にはダイヤ改正が行われ、平日は普通列車が3往復、土日・祝日は普通列車が2往復、トロッコ列車が2往復となった。

 2019年11月、南阿蘇鉄道は2022年度中に不通区間の復旧工事を完了させる旨を発表、2023年夏の全線復旧の見通しを示す。同時に、「南阿蘇鉄道再生協議会」は南阿蘇鉄道の列車を立野からJR豊肥本線へ乗り入れさせ、肥後大津まで直通させる構想を推進していた。

 熊本県の試算では、南阿蘇鉄道の車両の保安装置や信号機・踏切の改良、JR側のシステム改修など、肥後大津への乗り入れに必要な事業費として約4億2,000万円が見込まれた。この金額を南阿蘇鉄道が負担することは無理であり、かといって高森町と南阿蘇村に負担させることも財政的に厳しい。そこで熊本県は、2022年度の一般会計の当初予算案に、JR線への乗り入れ化の経費支援として1億3,300万円を計上した。

 熊本県がこれほどの支援を惜しまないのは、立野での乗り換え解消により移動時間や待ち時間が7分短縮する上、肥後大津へ直通するという安心感が利用者のうちに生まれるからだ。そうなれば、熊本地震前の2015年度の年間乗客数約25万7,000人が約6万8,000人増えると見込んでいる(写真2)。

写真2 肥後大津駅まで乗り入れるため、全線復活と同時に新車も導入された
写真2
肥後大津駅まで乗り入れるため、
全線復活と同時に新車も導入された

    JR九州も、肥後大津までの利用者が増えるため、この乗り入れ構想に協力する意向を示した。かくして2021年10月、立野駅構内の改良工事が開始された。立野~中松間も2023年7月15日に復旧し、南阿蘇鉄道は7年3カ月ぶりに全線で運転を再開したのだった。復旧後のダイヤは上下共に朝6時台から20時台まで14本ずつ運転されており、1時間に1本の運行頻度が維持されているといえる。

トロッコ列車「ゆうすげ号」

 先にも述べたように、南阿蘇鉄道は発足時から厳しい経営が予想され、観光客を呼び込むことに注力してきた。開業直後の1986年7月26日からトロッコ列車「ゆうすげ号」を導入。いまも3月から11月までの土日・祝日を中心に、これを1日当たり2往復運行している(夏休みなどの多客期は毎日運行)。「ゆうすげ号」は、DB16形ディーゼル機関車がトロッコ客車の前後に1両ずつ連結されたかたちで運転される。真ん中のトロッコ客車は、かつて木材などを輸送していた無蓋車を改造したものだ。屋根と窓を設けたほか、車内には座席とテーブルを配置している(写真3)。

トロッコ列車の客車は、無蓋車を改造している
写真3
トロッコ列車の客車は、無蓋車を改造している

 「ゆうすげ号」は全席指定席であり、南阿蘇鉄道の普通運賃に加えてトロッコ料金が必要となる(JR九州が発売している「旅名人の九州満喫きっぷ」などの企画乗車券では乗車不可)。インターネットで乗車日の10日前から予約可能で、乗車日に窓口で代金を支払うかたちになる。当日、空席があれば利用することも可能だが、人気が高く、やはり事前にインターネット予約することをお薦めしたい。

 この列車は観光列車であるため、運行速度は普通の列車よりも遅いが、同乗する係員による観光案内があるのが嬉しい。とくに、立野~長陽間は渓谷などがあるためトロッコ列車の運行に適しており、南阿蘇鉄道の看板列車となっている。

 このように、南阿蘇鉄道には人気の「トロッコ列車」の運行だけでなく、熊本空港へのアクセス鉄道の計画など明るい展望もある。地域輸送をしっかりと担いつつ、観光鉄道へ脱皮を遂げてほしいと心から願う。

(了)

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