2024年05月18日( 土 )

きららの湯返還と無償譲渡を考える

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市に返還されたきららの湯

    糸島市二丈深江の顔でもある温泉施設「二丈温泉きららの湯」(以下、きららの湯)が7月1日、民間事業者から糸島市へと返還された。2017年4月に市から民間事業者へ無償譲渡され、それから6年余り―この間、コロナ禍やロシア・ウクライナ戦争などによって、社会情勢は大きく変化した。

 コロナ禍によって集客を封じられたうえに燃料費高騰の憂き目に遭ったきららの湯は、温泉を沸かし、サウナを稼働するたびに経営が苦しくなるというジレンマに陥った。集客不全と経費圧迫の解消に見通しが立たないなか、きららの湯は市とも相談のうえで、22年7月に入浴料金の値上げに踏み切る。値上げに対しては賛否両論だったが、コロナ禍に突入して初めて緊急事態宣言が発出されたのが20年4月。市や市民が、きららの湯の安定的かつ継続的な運営を望んでいたことを考えると、値上げは遅きに失した感が否めない。

 コロナ禍からの一連の流れを考えれば、今回のきららの湯返還は、不可避の事態だったといえなくもない。しかし、コロナ禍よりも前から、きららの湯を取り巻く状況は厳しさを増していたものと思われる。市は一刻も早い市民サービスの再開を目的に、再び民間事業者へきららの湯を無償譲渡する方針を固めた。だが、譲渡後も事業者と併走する気持ちがなければ、同じことの繰り返しになりかねない。燃料費高騰に歯止めが効かないなか、条件を提示して制約を課すだけでは、譲受する事業者も運営の継続は困難だろう。

魅力的な立地特性だが課題も

 きららの湯は、国道202号バイパス深江インターから約2分の距離にあり、福岡市や唐津方面からも車でアクセスしやすい。また、JR筑肥線・筑前深江駅から徒歩10分程度であり、近隣住民からの利用にとどまらず、広域集客にも期待がもてる立地となっている。

 コロナ禍のような特殊要因がなければ、集客にさほど苦労はなさそうだが、現実は厳しい。市の公表資料によると、10~16年度におけるきららの湯の年間の平均入湯者数は約15万3,900人だったが、17~19年度には約14万人まで減少。コロナ禍の20~22年度には、約7万4,100人まで落ち込んでいる。コロナ禍はさておき、10~16年度と17~19年度間で、年間の平均入湯者数が1万人超も減少しているのはなぜだろうか。

 きららの湯は03年、当時の糸島郡二丈町が町民の健康増進のために、約8億3,000万円の公費を投じて新設した温泉施設だ。運営は第三セクターの(株)リフレッシュ二丈が手がけていたが、17年4月に民間事業者に無償譲渡されたことを受けて、同三セクは解散している。こうした経緯を単純に見ていくと、17年度以降に平均入湯者数が減少したのは、譲受した事業者の運営に問題があったからではないか、と考える人もいるだろう。実際、一部住民(原告)と市(被告)がきららの湯の無償譲渡の是非をめぐって裁判で争った際に、原告側の意見として、民間譲渡後のきららの湯のサービス内容に対する不満も散見された。

 サービス内容の良し悪しは個人の感覚に依るところも大きいため、ここではきららの湯のお膝元の二丈深江エリアで、比較的きららの湯に近い深江新町・西町・東町・本町・祇園町の5つの行政区の人口推移に注目したい(【表2】参照)。2010年を起点に、22年時点で人口が増加しているのは深江西町と東町の2区のみ。ほかの3区は増減を繰り返しながら、緩やかに下降線をたどっている。大字別の人口推移を見ると、二丈深江は10年の4,698人から22年には4,586人まで減少(市公表資料参照/なお二丈深江の大字別人口は23年5月末時点では増加に転じている)。糸島市全体では人口増が続いているが、重要なのはきららの湯を普段使いしてくれる地元民の存在だ。

 市が取りまとめた「第2次糸島市長期総合計画」によれば、市の人口は25年にピークを迎え、その後は減少に転じると予測。人口区分ごとでは、年少(15歳未満)は26年まで増加するがその後は減少に転じ、生産年齢(15~64歳)は減少傾向で推移。高齢者(65歳以上)は増加していくと予測されている。少子高齢化をともなう人口減少が避けられないなか、糸島市全体でも集客が難しくなっていくことを考えると、市外からいかに人を呼び込めるかが勝負の分かれ目となる。そして、市外から人を呼び込んだ先には、まむしの湯や伊都の湯どころといった、市内の同業他社との熾烈な顧客争奪戦が待ち構えている。

 前事業者もこの課題と向き合うなかで、試行錯誤を重ねていた。たとえば、例年1万人のランナーが参加する福岡マラソンのゴール地点が糸島市ということもあり、ゴール地点からきららの湯までの送迎付き飲食・入浴サービスを実施。このほか、深江漁港側にあるグランピング施設「地球MIRAI」との連携や、きららの湯内にあるレストラン「きらら庵」のメニューのリニューアルなども行い、新規顧客の開拓と既存顧客の掘り起こしに注力していた。

 残念なのは、こうした取り組みの効果を見定める前にコロナ禍の影響が直撃したことだ。前事業者は22年11月11日にきららの湯を休業。営業再開に向けて市とも協議を続けていたが、23年4月18日に営業再開は困難と判断し、冒頭のように7月1日付できららの湯を市へ返還することになった。

きららの湯の再生に向けて

 人口減のなかで、きららの湯のような地域密着型の店舗は、これまで以上に厳しい経営環境下に置かれることになる。民間譲渡前にきららの湯の運営を手がけていた第三セクター・リフレッシュ二丈における15年度の人件費は3,609万円。ほかに施設の修繕費や地代など、年間約2,200万円を糸島市が負担していた。

 ここで、地代を市が負担という点に疑問を持つ人もいるだろう。実はきららの湯の建物は市の所有だが、土地に関しては市が所有しているのは一部に過ぎず、大半を市内外の複数の個人が所有している。市もきららの湯の無償譲渡に際して、民有地については譲受企業が各所有者と個別に賃貸借契約または売買契約を締結するよう求めている。ちなみに、リフレッシュ二丈時代に市が負担していた地代は年間平均557万円で、リフレッシュ二丈と市の負担分を合わせたきららの湯の維持管理費は、年間平均5,634万円だった。

 新たな譲受企業には、最低でも同等額の費用が圧しかかる。一方で売上については、仮定ありきの単純計算にはなるが、温泉の利用料金大人750円(入湯税込)にコロナ禍前の19年度の入湯者数を乗ずると、約1億円になる。さらに入浴後にレストランで1,000円分の食事をしたとすると、約2億3,460万円となる。強力なイオン化作用で知られるラドンを含有する糸島で唯一の天然温泉施設でもあり、売上増の余地はないこともないだろう。もちろん、市も可能な範囲で支援は行う。現時点では65歳以上の高齢者を対象とした入湯助成(200円)のみだが、17~22年の平均助成額(決算)は549万円。きららの湯の入湯者数の約4分の1を高齢者が占めることを考えれば、相応の効果があるものと思われる。

 主力となるのは温泉入浴と飲食サービスだが、きららの湯建設の主目的である市民の「健康増進」に則り、譲受企業は健康流水浴プールの維持・管理、ヨガ教室や介護予防講座などの健康づくりに資するワークショップの開催も持続しなければならない。ワークショップの開催頻度について市は定めていないが、きららの湯の運営を行ううえで、避けては通れない市民サービスとなっている。

 市は「二丈温泉きららの湯」の商標権も無償譲渡するが、譲受企業が引き続きこの商標を使用するのか、変更するのかについては定めていないため、譲受企業側で新たな施設名を採用することも可能だ。また、市は施設の用途変更も認めているため、たとえば別館を宿泊施設としてリニューアルすることもできる。

 再度の民間譲渡によるきららの湯の営業再開と、それにともなう周辺地域への効果として期待することについて、糸島市への質問を行ったところ、市は「新型コロナウイルスの感染拡大やウクライナ情勢の影響による燃油高騰など予想し得ない状況が起こり、きららの湯の休業、返還という事態が起こってしまいました。このことに関しては、真摯に受け止めております。今後、新しい事業者への移譲が決まりましたら、1日も早い再開と、市民の方に喜んでいただけるような『健康づくりに資するサービスの提供』や『地域の活性化に資する取り組み』が安定的かつ継続的に実施できることを強く望んでいます」と回答した。

 きららの湯が再び民間事業者から市へと返還されることがないように、市は契約の履行状況の確認で実地調査を行うほか、譲受企業に対して、利用者数・決算状況などの情報提供を定期的に求める予定だ。ただ、17年の無償譲渡のときとは社会情勢も大きく変化している。きららの湯の安定的かつ継続的な運営のためにも、官民連携の強化は不可欠だろう。

【代 源太朗】

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