2024年05月16日( 木 )

日本企業を取り巻く台湾情勢の行方

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国際政治学者 和田 大樹

 近年、日本企業の間では台湾有事をめぐる懸念が聞かれ、台湾在住の駐在員の退避基準を策定するなど危機管理体制を強化する動きが広がっている。そういった企業が多数派になっているわけではないが、今年もそういった動きが広がることだろう。

 そのようななか、台湾で13日にポスト蔡英文を選ぶ総統選挙が行われ、蔡英文政権で副総統を務めた頼清徳氏が勝利した。同じ政党が3期連続で政権を握るのは台湾政治史上初めてのことだ。頼清徳氏は蔡英文氏と同じく自由や民主主義を重視し、欧米陣営との関係を重視しながら中国に対抗していく方針で、中国としては新たな敵対勢力が誕生したことになる。中国は長年、民進党勢力を独立勢力として敵視しており、今回の選挙戦でもサイバー攻撃や偽情報の流布などを通して介入し、台湾市民の支持が国民党に集まることを狙ったが、そういった工作はすべて失敗に終わったことになる。すでに、頼氏は最近台湾を訪問した米代表団とも会談したとされ、米国重視の姿勢をすでに鮮明にしている。

 今後は頼氏が総統に就任した際、具体的にどのような対中姿勢を示すかを中国側は注視しているが、中台関係は少なくとも今後4年間、これまで同様に冷え込んだ状況が続くことになろう。2022年8月初旬、当時のペロシ米下院議長が台湾を訪問したことに中国は強く反発し、中国軍は台湾を囲い込むような大規模な軍事演習を実施し、大陸側から複数の弾道ミサイルが海上に打ち込まれるなど、これまでになく軍事的緊張が高まった。今日でも中国軍機による台湾の防空識別圏への侵入、事実上の境界線である中台中間戦越えなどは常態的に続き、頼清徳新政権下でも同様の軍事的挑発が続く。また、経済的な威圧も仕掛けられる。中国はパイナップルや柑橘類、高級魚ハタなどの台湾産品の輸入を突然制限するなど経済的威圧を繰り返し仕掛けており、こういった経済的揺さぶりも頼清徳政権下でも続くことが予測される。

    一方、頼清徳政権になったからといって中国がすぐに台湾侵攻に踏み切るわけではない。台湾有事のタイミングについては、すでに多くの政治家や識者らがそれぞれの見解を示しているが、安全保障専門家の間では、今日の中国軍に台湾侵攻を円滑に行える能力や規模は十分に備わっていないとの見方が大筋である。また、不動産バブルの崩壊や経済成長率の鈍化、若者の高い失業率や外資系企業の中国離れなど多くの経済的課題に直面する習政権としては、軍事的オプションに踏み切れば米国などから経済制裁を発動される可能性があり、その失敗は共産党政権の権威を大きく失墜させることから、台湾侵攻の決断は極めて高いハードルとなる。

 しかし、習氏は武力行使の可能性を依然として放棄しておらず、その潜在的脅威は残る。よって、今後のポイントになるのは、中国に対抗する頼清徳政権がどこまで習政権と亀裂を深めるかである。頼清徳氏は基本的には蔡英文氏と同様の対中姿勢であるが、中国側に統一のタイミングは今しかないと思わせるような言動や行動を取り続けば、有事のリスクは必然的に上がっていくことになる。

 現在の状況で、日本企業が脱台湾を実行に移す段階ではなく、駐在員を急いで退避させるような状況ではない。しかし、今後とも冷たい中台関係が続くことから、頼清徳政権の中国への言動や行動、中国側の対応などを日々注視し、リスクの先行きを率先的に考えていくことが極めて重要になろう。


<プロフィール>
和田 大樹
(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
▼詳しい研究プロフィールはこちら
和田 大樹 (Daiju Wada) - マイポータル - researchmap

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