2024年04月27日( 土 )

文在寅圧勝に終わった韓国大統領選 保守・中道分裂で勝ち目なし

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韓国大統領選挙/「韓国の崩壊」を文明論的に見る/韓国保守論客の分析が的中

 9日に行われた韓国大統領選挙は、予想通り、左派候補の文在寅(ムン・ジェイン)候補が当選した。文氏は当選が明らかになると、新政権を「第3期民主政権」と規定した。金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権に次ぐ左派政権だという意味だ。前2代の政権は何を行った政権なのか。北朝鮮との融和政権であり、北朝鮮の核開発を助長した政権だ。「反共、自由」を国家理念として誕生した大韓民国の総路線とは、離反する道を歩んだ政権である。今後、文在寅政権は「対北交渉」を標榜しながら、実質的には北朝鮮に屈従し、中国の手のひらで踊る国家運営を行うのは確実である。文政権を誕生させたのは、韓国人のナショナリズム(自民族至上主義)だ。日本のナショナリズム(大東亜共栄圏構想)が大日本帝国を破滅させた歴史を、我々は想起すべきであろう。

 文在寅氏は当選が確実になった9日夜、ソウル都心の光化門広場で国民に向けたメッセージを発表した。「新しい韓国のため、未来に向かって共に前進する。私を支持しなかった国民にも仕え、統合大統領になる」と述べ、勝利を宣言した。彼の新しいスローガンは「統合大統領」だが、韓国大統領選挙の当選者が口にしていた勝利宣言の美辞麗句と同じだ。第二次大戦後の独立以降、左右の激突が繰り返されて来た韓国で、政治家が語る常套句である。米国大統領選挙でも、同じようなセリフを我々は当選者から聞いて来た。

 文在寅氏が「第3期民主政権」と自己規定したのは、9日夜8時35分、ソウル・汝矣島の国会議員会館に設けられた民主党開票状況室を訪れた時だ。準備してきた原稿を取り出し「きょうの勝利は切なる願いの勝利。第3期民主政権の成功のために、統合の道を歩みたい」と述べた。
 しかし私たちは韓国政治の実体を知っている。この国では、加害者と被害者が無限に複製される「呪いの政治」が続いて来た。文氏は保守政権を引きずり降ろした後は、「積弊清算委員会」なるものを設置する、と公言して来た。今度も政治報復の匂いがぷんぷんする。

 国家の歴史は、政治学や文化論などを統合した「文明論」で見るべきだ。
 東アジアは第二次大戦の終了後、共産主義国家(ソ連、中国、北朝鮮)と自由主義国家(日本、米国)の確執の場所だった。地政学的に、この中間にあるのが「南部朝鮮」だ。南部朝鮮には戦後、米国の主導のもとで「大韓民国」という反共国家が作られた。国内の共産主義同調勢力との抗争(虐殺事件を含む)を続けながら、打ち立てられた政権だ。これがソ連、中国によって支援された金日成(キム・イルソン)の北朝鮮政権を創出した。

 1960年代以降の朴正煕政権下における韓国の奇跡的な発展は、この歴史的な文脈の中でこそ理解できる。そして、朝鮮半島はいまも、共産主義勢力と自由主義勢力が激突する「冷戦地帯」であることを、日本人は理解すべきだ。
 2017年、その雌雄を決する韓国大統領選挙で、左派勢力を代表する文在寅氏が勝利し、韓国大統領の座に座ることが確定した。文在寅氏を大統領の座に押し上げた左派勢力は、韓国現代史の主流勢力を親日派・親米派・反共主義者と規定してきた。「この右派勢力を清算し、打倒の対象にしなければならない」という考えを持っている勢力だ。文在寅氏は彼らの代表選手である。このような歴史観が、今回の大統領選挙では勝利したということだ
 今回の選挙結果予測を、正確に的中させた韓国人がいる。元『月刊朝鮮』の編集長であり、韓国の代表的な保守派の論客である趙甲済(チョ・ガプチェ)氏だ。彼は、開票開始まで36時間しか残っていない時点で「異変がない限り、文在寅候補の当選が確実に見える」と述べ、各候補の得票率を推計し、的中させた。
 「このまま行けば、07年の大統領選挙の結果の逆裁判になりそうだ。文在寅候補が40%台の得票で当選、2位は洪準杓(ホン・ジュンピョ)候補が25%前後、安哲秀(アン・チョルス)候補は20%前後、沈相奵(シム・サンジョン)劉承旼(ユ・スンミン)候補は5~10%の得票である。2007年の大統領選挙では、李明博(イ・ミョンバク)49%、鄭東泳(チョン・ドンヨン)26%、李会昌(イ・フェチャン)15%であった」

 その趙甲済氏が予想する韓国の次のステージは何か。次のように、彼は予測する。
 「今回の選挙結果は、『光州事件』以後に蓄積された37年間の左偏向教育の決定版である。新政権は左派運動圏の中央司令塔の役割を果たす。この政権が中心となって、政府と社会のあちこちに布陣した学生運動細胞とネットワークが接続し、メディアの自由、私有財産権の自由、選挙の自由まで脅かし、最悪の場合には左派独裁に行く危険性もある」
私にはもう一つの大統領選挙も想起される。
 1980年中盤から毎日新聞ソウル特派員として、多くの大統領選挙を見て来た。今回の大統領選挙は87年の大統領選挙を連想させた。その時には、軍事政権の末裔である盧泰愚(ノ・テウ)氏と、韓国民主化勢力の両巨頭だった金大中、金泳三(キム・ヨンサム)氏の三者に加え、旧勢力の金鍾泌(キム・ジョンピル)氏まで出馬した
 選挙結果は、盧泰愚36.6%、金泳三28.0%、金大中27.0%、金鍾泌8.1%だった。金泳三と金大中という野党勢力の統合が行われていたら、盧泰愚氏の当選を阻止できた。今回の韓国大統領選挙で、もし、保守・中道」の連帯に基づく、アンチ文在寅勢力の一本化が行われていた場合、それは両者肉薄の大激戦になっていただろう。中道の安哲秀候補が出馬の際、連帯の対象とすべきだった保守派の洪準杓候補を敵対勢力と規定し、そのチャンスを自ら閉じてしまったのが、今回の選挙の分水嶺だったと言ってよい。
 趙甲済氏の分析によれば、観国民の政治傾向は、朴槿恵(パク・クネ)前大統領への「弾劾政局」を経て、保守性向が35%から25%に減り、いわゆる進歩勢力(左派)は30%にのぼっていた。少なくなったアンチ進歩派が右派の洪準杓候補と中道の安哲秀候補に分裂したのだから、左派大統領が当選するのは火を見るよりも明らかだったのである。

 1997年の大統領選挙で金大中は、右派の金鍾泌と連帯し、政権を握った。その5年後、盧武鉉も右派の鄭夢準(チョン・モンジュン)と候補単一化を達成し、大統領になった。
 趙甲済は指摘する。「力が弱い勢力は正面突破を避けるのが常識である。正面攻撃の代わりにバイパス戦略を使わなければならない。保守-中道連帯の戦略がそのような迂回戦略であった。中道の力を借りて主敵を打ち負かした後に、中道を保守側に吸収する戦略である」。
 私見によれば、それが実現できなかったのは、朝鮮民族の伝統的思考によるものであると思われる。この国では旗色鮮明な左右両勢力の極論は受け入れられが、中道勢力が政権を握ったためしがない。今回の選挙では、保守退潮のトレンドの中で、中道勢力に席を譲るべきだったと思われるが、韓国保守の思考はいまもって頑迷だった。

<プロフィール>
shimokawa下川 正晴(しもかわ・まさはる)
1949年鹿児島県生まれ。毎日新聞ソウル、バンコク支局長、論説委員、韓国外国語大学客員教授、大分県立芸術文化短期大学教授(マスメディア論、現代韓国論)を歴任。国民大学、檀国大学(ソウル)特別研究員。日本記者クラブ会員。
メールアドレス:simokawa@cba.att.ne.jp

 

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