2024年05月09日( 木 )

国鉄民営化から大きく変化した日本 オールジャパンで鉄道を考える(後)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ
法人情報へ

九州旅客鉄道(株)
元代表取締役社長(初代)
石井 幸孝 氏

 九州旅客鉄道(株)の初代社長である石井幸孝氏に、JR九州が躍進するきっかけとなった不動産事業を始めた理由および今後の日本の鉄道の在り方について話を聞いた。石井氏は3時間におよび休まず語り続け、話は九州を飛び越えて「オールジャパン」で鉄道を考える視点、さらに食料・エネルギー自給率の向上にまでおよんだ。

オールジャパンで思考を

JR博多シティ イメージ    筆者は、国鉄の分割民営化が実施されてから35年が経過したため、制度疲労していると考え、「再度、制度設計をやり直す必要があるのではないか」と、石井氏に質問した。

 それに対して石井氏は、
「1872年に新橋~横浜間で鉄道が開業してから、今年で150年になるが、30~40年で組織は変わっている。07年に日本の全鉄道が国有化されて、鉄道院となり、その後は鉄道省に昇格している。そして戦後の49年に、公社化されて日本国有鉄道(国鉄)が発足した。その国鉄も、87年に分割民営化されて、6つの旅客会社と1つの貨物会社に分割された。それからすでに35年が経つ」
 と述べた。

 石井氏が指摘するように、日本の鉄道の経営の在り方は30~40年で大きく変化している。「それぐらいの時間が経過すれば、社会が変わってしまう」(石井氏)ということだ。

 今後の鉄道事業に関して、石井氏は旅客部門では大都市通勤輸送と新幹線輸送を2大任務としながらも、「今まで貨物輸送に力を入れてこなかったことが反省であった」との見解を示した。その要因の1つとして、旅客輸送は誰の目にも見えやすいため、それに力を入れてきたことも考えられる。

 そして石井氏は、分割に馴染まないものとして、「新幹線」と「貨物輸送」を挙げ、さらに、「新幹線は分割JRから切り離して、JR貨物と合弁の旅客、貨物を包含した新組織を設け、公的関与を強めるべきだ」とも述べた。

 筆者がJR東海について、「会社の収入の8割以上が東海道新幹線によるものであり、新幹線を切り離すことに対して、首を縦に振るとは思えない」と質問したところ、石井氏は

「コロナ禍で出張需要が減って、JR東海も会社自体が赤字になっている。今後は、少子高齢化や人口減少、テレワークの普及もあり、需要はコロナ前の水準には戻らない。将来は東京〜大阪間に3本の新幹線が通る。新幹線も旅客だけでは経営が厳しくなるはずだ。新幹線とJR貨物の合併に関しては、政府がしっかりする必要がある。まずは新幹線大動脈を一体的に管理・運営するコンソーシアムから進める」
 と述べた。

 石井氏は、
「新幹線は外資から守る必要がある。公的関与を強めないと、外資がTOBを仕掛けたら守れなくなる。また日本は、サプライチェーンが脆弱であり、これを強化する必要がある。それには新幹線を活用した物流を強化しなければならない。北海道と九州は食料の生産基地であり、食料自給率を上げると同時に、エネルギーの効率的使用を行いエネルギーの自給率を上げる必要がある」
 と、食料・エネルギー自給率にまで踏み込んで言及した。

 話はさらに全国に広がる。石井氏が強調したのは、オールジャパンの鉄道を考えることの必要性だ。ただ、問題点として「そのための人材がいない。JRが発足した当初は、年に数回は社長会を開いて話し合い、分割の弊害を小さくするようにしていた。最近は、民営化後に採用された人が社長に就任する時代となっており、横の連携が弱くなっている」と指摘、また外資から守りために、現在ではJRがお互いの株式の持ち合いを始めている」と紹介した。

 石井氏はさらに、「オールジャパンの鉄道」を考えるための「土俵もなければ行司もいない」と指摘する。筆者から「どうすれば、土俵と行司を整備できるか」と問うたところ、返ってきた答えは「オールジャパンの鉄道を考えるオピニオンリーダーを増やすこと。実行は国家のリーダーシップ」。やはり日本の国の行く末を考えた場合、首相が何を考え、どのように行動するかが、国の将来や国民の幸福に大きく影響を与えるのである。

 JR間の連携について、石井氏は「JR間のMaaSを構築する必要がある」と力説する。「また貨物輸送に関してこそ、荷主がMaaSを通してJR貨物を利用できる環境の構築が必要」という。

食料・エネルギーの自給を

九州旅客鉄道(株) 元代表取締役社長(初代) 石井 幸孝 氏
九州旅客鉄道(株)
元代表取締役社長(初代) 石井 幸孝 氏

    石井氏は日本の将来について、食料・エネルギーの自給率が低いことを危惧した。現在、我が国の食料自給率はカロリーベースで見れば38%、エネルギーについてはわずか11.8%しか自給できていない。石井氏は、「こんな食料・エネルギーの自給率が低い先進国は日本以外にはない」という。食料・エネルギーは、全国民に影響を与える重要な問題であり、鉄道を含めた交通手段もエネルギー無しでは稼働しない。それゆえ切り離すことができない重要な課題である。

 石井氏の話を聞き、触発されるなかで、筆者は以前から抱いていた問題意識について、改めて正しいものであると認識した。以下に述べたい。食料自給率を急に7~8割程度にすることは無理であり、この数値は「カロリーベース」で見た数値であるため、日本で賄える食料として考えれば、6割程度にできると考える。つまり無理して肉などを食べるのではなく、米や野菜を中心とした食生活を奨励すると同時に、耕作放棄地を再び水田として活用すべきだと考える。

 「コメ離れが進んでいる」という指摘があるが、主食としての米以外に、酒やデザートとして米を活用して米の消費を増やす必要がある。近年、米粉を使用したパンも販売されるようになり、モチモチとした食感などで消費者の支持を得つつある。

 米作にはほかの効用も期待できる。都会から過疎地(中山間部)への人口の移動が起こるだけでなく、水田があることでヒートアイランド現象が緩和され、冷房で使用される電力消費の抑制も期待できる。過疎地の人口減少に歯止めをかけられれば、鉄道だけでなく、路線バス事業者の経営も改善につながる。過疎地での新規雇用も生まれる。

 まずは、政府や各県・各市町村などが、耕作放棄地を買い取り、就農意欲がある人に無償で土地を提供して、農業への参入障壁を下げる必要がある。

 エネルギー問題に関しては、石油や電気以外に、昔からの薪や炭を見直すと同時に、大規模な発電所ばかりを考えるのではなく、用水路発電や地熱発電、四方を海に面していることから、波力発電、海洋温度差発電など、日本のもつポテンシャルに着目する必要がある。

 林業が停滞し手入れが行き届いていない山に対しては、森林環境税を財源として間伐を行い、間伐材をペレットにすれば、バイオマス発電が実施できる。ここからも過疎地での新規雇用が期待できる。

 食料・エネルギー問題への対応は、過疎地問題の緩和にも資するものであり、我が国の食料・エネルギー自給率を高め、有事の際の危機管理に役立つだけでなく、過疎地の雇用創出にもつながるはずである。

(了)

【運輸評論家 堀内 重人】


<プロフィール>
石井 幸孝(いしい・よしたか)

1932年10月、広島県呉市生まれ。55年3月に東京大学工学部機械工学科を卒業後、同年4月に国鉄に入社。蒸気機関車の補修、ディーゼル車両設計などを担当。85年、常務理事・首都圏本部長に就任し、国鉄分割・民営化に携わる。86年、九州総局長を経て、翌87年に発足した九州旅客鉄道(株)(JR九州)の初代代表取締役社長に就任。多角経営に取り組み、民間企業となったJR九州を軌道に乗せた。97年会長就任、2002年退任。著書多数。近著に『国鉄―「日本最大の企業」の栄光と崩壊』(中公新書、2022年)。

堀内 重人(ほりうち・しげと)
1967年生まれ。立命館大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。運輸評論家としての執筆、講演活動のほか、NPOなどで交通問題を中心に活動を行う。主な著書に『ビジネスのヒントは駅弁に詰まっている』(双葉新書)、『観光列車が旅を変えた―地域を拓く鉄道チャレンジの軌跡』(交通新聞社新書)、『地域の足を支える―コミュニティバス・デマンド交通』(鹿島出版会)、『都市鉄道とまちづくり―東南アジア・北米西海岸・豪州などの事例紹介と日本への適用』(文理閣)など。

(前)

関連キーワード

関連記事