2024年05月08日( 水 )

農水省「新食料戦略」で安全保障と輸出拡大(後)

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 農林水産省は2021年5月12日、食料の持続可能性の確保に向けた「みどりの食料システム戦略」を策定した。食料危機などに対する安全保障や輸出拡大、SDGsの実現に向けて、どのように取り組むのか。農林水産事務次官・枝元真徹氏、元農林水産省種苗課長でコーネル大学終身評議員・松延洋平氏、日本ビジネスインテリジェンス協会理事長・中川十郎氏が鼎談を行った。

食品輸出拡大を目指す

 中川 21年の農林水産物・食品の輸出は前年比25.6%増加し1兆2,382億円となりました。世界で農産物輸出額が1位の米国や2位のオランダでは、生産量の約1割を輸出しています。日本はどのような品目の輸出を増やしたらよいと考えていますか。

農林水産事務次官・枝元真徹氏
農林水産事務次官・枝元真徹氏

    枝元 日本の人口が減り市場が小さくなる一方、世界の食品市場は明らかに大きくなっており、日本の農林水産業が海外の市場を取り込むことは不可欠です。食料安全保障という意味でも、輸出を増やすことで国内の農産物市場が伸びるため、農地や農業人材を守ることができると考えています。

 農林水産物・食品の輸出目標は25年に2兆円、30年に5兆円を掲げ、農林水産物・食品の生産額の1割を輸出に回すことを目指しています。輸出する農家や企業への支援を強化する輸出促進法の改正を今国会で審議しており、法改正により、関連施設の整備の融資や税制に特例を設けます。また、海外の日本大使館とJETROが連携し、現地の業界状況に精通した人を雇って現地での支援の体制を整えられるようにサポートします。

 九州は輸出に関して地域でまとまって先進的に取り組んでおり、お茶やブリなどの水産物、木材の輸出が盛んです。一方、相手国のスーパーの棚を日本の商品で季節を問わず埋めるためには、日本は南北に長いため、1つの地域だけにこだわらず、さまざまな産地が連携して輸出することが必要です。農林水産省では28品目の輸出重点品目として各品目の産地を指定しており、産地ごとに重点的に輸出に取り組む方針です。

左から、
日本ビジネスインテリジェンス協会理事長・中川十郎氏、
農林水産事務次官・枝元真徹氏、
元農林水産省種苗課長で
コーネル大学終身評議員・松延洋平氏

 中川 「医食同源」という言葉が注目されています。食を通じて健康になるという点は、農産物の有機栽培をどのように増やす計画ですか。

 枝元 日本の有機栽培の耕地面積に占める割合は0.5%くらいですが、今回の戦略では2050年には25%まで増やすことを目指しています。日本では化学肥料の原料をほぼすべて外国に頼っており、環境に負荷をかけないためにも有機農業は大切な産業です。今の子どもたちはSDGsという言葉を学校で習っており、環境に対して敏感であるため、10~20年後に今の子どもが大人になって消費の中心になると、日本でも環境に負荷をかけにくい農産物が生産できなければ、海外の産地に負けてしまうのではないでしょうか。

 また、他の畑から農薬が有機栽培の畑に飛んでくることを避けるためにも、有機産地として地域でまとめる仕組みを今回の戦略でつくりました。「オーガニックビレッジ」宣言をして、有機農業を地域の活性化の軸にする自治体を支援する予算も確保しています。

 松延 海外では、鹿児島の有機栽培のお茶がとても有名ですね。海外で知名度の高いお茶の産地は、どのような取り組みをしていますか。

 枝元 海外市場を狙うならば、お茶なら有機栽培が欠かせないと、いち早く取り入れたことが海外で有名になった大きな理由でしょう。世界のバイヤーの目にとどまる品質で提供できれば、国内流通より高い価格帯で世界から購入したいという声がかかります。相手国に合った商品を安定的に供給できることも欠かせません。加えて夢のある企業には、世界からバイヤーが来るだけでなく、採用面でも全国から応募が来るそうです。

 農林水産業はこれから貿易の条件として、環境や人権などのSDGsが深く関わってくるでしょう。「みどりの食料システム戦略」をアジアの農業モデルとして広げていきたいと考えています。農林水産業は裾野が広い産業であり、生産、加工、流通、販売に関してさまざまな分野が関わっているため、企業が農林水産業の発展をビジネスとして支えてほしいと考えています。

(了)

【石井 ゆかり】


<プロフィール>
枝元 真徹
(えだもと・まさあき)
 農林水産事務次官。1961年3月9日生まれ、鹿児島県出身。東京大学法学部卒業。84年農林水産省入省、2011年大臣官房秘書課長、13年水産庁資源管理部長、16年農水省生産局長、19年大臣官房長、20年8月より現職。

松延 洋平(まつのぶ・ようへい)
 国際食問題アナリスト。コーネル大学終身評議員。1935年福岡県生まれ。農林水産省種苗課長、消費経済課長や内閣広報審議官、国土庁官房審議官などを経て、㈶食品産業センター専務理事を務める。愛媛大学客員教授、青山学院大学WTO研究センターシニアフェローとなり、98年ジョージタウン大学法科大学院客員教授に就任。法政大学IT研究センター顧問、日本危機管理学会理事、NPO法人NBCR対策推進機構副理事長を務める。著書に『食品・農業バイオテロへの警告―ボーダーレスの大規模犠牲者時代に備えて』(日本食糧新聞社)、共著に『どう考える? 種苗法 タネと苗の未来のために』(農文協ブックレット)。

中川 十郎(なかがわ・じゅうろう)
 東京外国語大学イタリア学科国際関係専修課程卒後、ニチメン(現・双日)入社。海外8カ国に20年駐在。業務本部米州部長補佐、開発企画担当部長、米国ニチメン・ニューヨーク本社開発担当副社長、愛知学院大学商学部教授、東京経済大学経営学部・大学院教授などを経て、現在、名古屋市立大学特任教授、大連外国語大学客員教授。日本ビジネスインテリジェンス協会理事長、国際アジア共同体学会学術顧問、中国競争情報協会国際顧問など。著書・訳書に『CIA流戦略情報読本』(ダイヤモンド社)、『成功企業のIT戦略』(日経BP)、『知識情報戦略』(税務経理協会)、『国際経営戦略』(同文館)など多数。

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