埼玉県行田市で8月2日に発生した、作業員4人がマンホール内に次々と転落し死亡した事故。全国の自治体で、老朽化したインフラの点検と更新が必須の対応として進められるなかで、起きてはならない事故が起きてしまった。なぜこの事故は止められなかったのだろうか。
発生の背景には、今年1月、埼玉県八潮市で起きた大規模な道路陥没を受けて、3月に国土交通省が全国の自治体に要請した下水道管の点検要請がある。当社も本件事故を受けて4月に老朽インフラをめぐる特集記事を掲載した。
『更新時期を迎える公共インフラ|月刊まちづくり4月号』
事故概要
8月2日午前9時過ぎ、埼玉県行田市での下水道管緊急点検中、土木工事会社に所属する50代の男性4人が死亡した。1人目がマンホール内に入り、反応がなかったため救助に入った責任者と同僚2人が後に続き、次々と転落し、全員が救助不能となった。司法解剖の結果、死因は2人が硫化水素中毒、2人が窒息死と判断された。
事故は伏越管路で発生
事故が発生した下水道管は、河川の下を潜って設置されている伏越管路(ふせこしかんろ)だった。河川の下を潜らせているため、低く沈み込む構造となっている。伏越部を通る際、水流は通常の重力流ではなく圧力流(加圧状態)になるため、水の流れが遅くなる。そのため下水中の有機物や汚泥が沈積しやすく硫化水素などが発生しやすい構造となっている。
点検作業を発注した行田市は、事業者に対して転落防止や硫化水素などの対策を行うよう求めていた。それに対して事業者からも、落下防止器具を使用すること、酸素や硫化水素の濃度を測定して安全を確認してから作業を行うことなどを市に対して回答していたという。
7月の前回点検
事故が発生した同じ下水管では、7月に点検作業が行われている。このときも実際にマンホール内に入って作業が行われていたが、硫化水素濃度に問題がなかった。詳しく調べるために、後日、下水道管から下水を抜いて点検作業を行うことになった。
事故当日
8月2日、下水道管から下水を抜く作業が行われた。7月の点検時に硫化水素濃度に問題がなかったことから、この日は、地上から空気を取り入れる「エアラインマスク」は現場にもってきていなかった。
作業開始時は、酸素濃度や硫化水素濃度に異常はなかったため、作業員がマンホールに入って作業を開始した。
午前9時ごろ、排水ポンプで水を抜き始めると、硫化水素濃度が上昇したためポンプを停止して、作業員は一時退避した。
午前9時10分過ぎ頃、作業員1人が内部の状況を確認するために、通常装着するはずの落下防止器具をつけないままマンホールから9mの深さまで入った。このとき硫化水素を計測するガス検知器からの警報は鳴っていなかったとされる。別の作業員がマンホールのなかで人が落下したと思われる音を聞いて現場責任者に報告した。
報告を受けた現場責任者が落下防止器具をつけないまま別のマンホールから入る。このときガス検知器の警報が鳴っていたとされる。異常を察知した別の作業員がマンホールにロープを垂らしたが応答がなかった。
3人目の作業員が落下防止器具をつけないままマンホールに入る。4人目の作業員も3人を救助するために落下防止器具をつけないままマンホールに入ったと思われる。5人目の作業員が倒れている4人を発見した。
書類上は安全規定満たすも、
現場で不徹底か
7月に作業が行われた際、大丈夫だったからという理由でエアラインマスクが現場に持参されていなかったことや、落下防止器具をつけないままマンホールに入ってしまったことなど、事故の原因は初歩的な安全規定が守られていなかったことにある。しかし、事業者が提出した業務計画書には安全帯やマスクの装着が記載されていたとされ、現場レベルで安全規定の徹底が順守されていなかった可能性が高い。
しかし、これは単なる現場担当者の個人的な「安全意識の欠如」で片づけるべき問題ではない。硫化水素の急激な発生についてリスク評価が十分でなかった点、安全手順が現場で徹底されていなかった点、救助優先で安全確保が後回しになった点はいずれも重大な組織的課題だ。
急ぎの作業スケジュールが詰まっている場合、さらに人手不足という現場への負荷がかかる労働環境のなかでは、安全管理はもっとも疎かにされやすい。
今日も日夜動いている現場で同じ悲劇が繰り返されないように、早急に、作業計画に無理がないか、事前の安全教育が十分か、そして人手不足を背景に現場の自由裁量に任せて安全規定が疎かにされていないか、再点検が必要だ。
同様の悲劇がまた繰り返される可能性は十分にある。この事故の教訓を安全管理に反映することが緊急に求められている。
【寺村朋輝】