「言えば落とされる、言わなければ地獄が待っている──」
発達障害や精神疾患を抱えながら働く人たちの、そんな悲痛な叫びが聞こえてきそうな数字がある。
2026年7月、日本財団が公表した調査結果が、関係者に静かな衝撃を与えている。発達障害や精神疾患の診断を受けながら就労している人のうち、37.6%もの人が「職場の誰にも伝えていない」と回答したのだ。その最大の理由は、差別や偏見が怖いからだという。
障害の開示に、単純な正解などない。思い切って開示すれば必要な配慮は得られるかもしれないが、採用のハードルは跳ね上がる。逆に隠し通せば選考は通りやすくなっても、配慮なしの過酷な環境で働き続けなければならない。多くの当事者たちは、この残酷な二択の狭間で揺れ動いているのだ。
「この会社ならわかってくれるかも…」 “告白”が招いた悲劇
最初の入り口で障害を隠したとしても、それで終わりではない。入社後に打ち明けるという選択肢も当然ありうる。20年4月、玩具・菓子メーカーに入社した、広島市内在住の当時22歳の女性も、まさにその道を歩んだ一人だ。
企画部署に配属された彼女は日常生活に支障はなく、会社には何も伝えていなかった。だが、入社後まもなく社外カウンセラーと雑談したことが大きな転機となる。自分の会社は障害者雇用に理解があるはずだ。そう感じた彼女は、入社わずか1カ月後の社長面談で、自身が自閉スペクトラム症の診断を受けていること、そして聴覚過敏を和らげる耳栓があると楽になることを打ち明けたのだ。

しかし、この告白への見返りは、あまりにも非情だった。一度は認められた耳栓の使用が、まもなく禁止され、さらにパートタイムへの切り替えを打診された。それを断ると「受け入れなければ解雇」という通告が突きつけられる。
最終的に会社から命じられたのは、シール貼りという単純作業。企画の仕事からは程遠いこの業務を拒否すると、今度は退職勧奨が始まり、彼女は21年12月に職場を去ることを余儀なくされたのである。
後出しジャンケンはずるいのか? 法律が示す“企業の義務”
「(障害を)後から言うのはずるい」。そんな心無い声も聞こえてきそうだが、彼女は泣き寝入りしなかった。翌年、会社を相手取り533万円の損害賠償を求めて提訴。裁判の末、24年12月に和解が成立した。
原告側の代理人弁護士は、この和解の意義についてこう言い切る。
「一般枠で採用した後に障害が明らかになった場合も、企業側はきちんと向き合う義務があることを示した」
そう、障害者雇用促進法においては、採用時に企業側が障害を知らなかったとしても、合理的配慮の義務が免除されるわけではないのだ。後出しは決して抜け駆けでも不誠実でもなく、法律が最初から想定しているごく普通の出来事に過ぎない。
企業による過剰な先回りが奪うもの
本来、合理的配慮の手順は極めてシンプルだ。まずは本人が何に困っているかを意思表明し、それを受けて企業と話し合う。そして、話し合いを踏まえた措置の内容を企業が伝え、実施が難しければ理由を説明する。この手順のどこにも、労働者が入り口ですべてを話しておくことなど求められていないのだ。具体的な業務に就く前の段階であれば、一般的な内容の意思表明で十分であり、「今は特にない」と答える人がいても不思議ではない。
企業がすべきは、一方的に何をしてあげるべきかを先回りして考えることではない。業務内容を明確に示し、対応できるかを問うことなのだ。その上で本人がすべきことは、その条件への適合と必要な調整を自らの言葉で伝えることである。
広島の事件におけるシール貼り業務の強要は、まさに企業側が先回りしすぎて業務そのものを空洞化させてしまった一例と言えるだろう。
「無理をさせてはいけない」「本人のできる範囲で」。企業側に悪意はなかったのかもしれない。しかし、その過剰な先回りは、本人が自らの力で仕事をやり遂げるという当たり前の機会を奪ってしまうことにもなりかねない。
【石橋雅子】









