Y社長の暴力事件
福岡の建設業界では有名な暴力事件がかつて発生した。簡単に説明すると、すでに廃業した中洲中島町にあった料亭「老松」にて、西中洲に本社を構える(株)西中洲樋口建設の創業者・樋口征男氏が、とある有名人と密談していた。玄関口には樋口氏の下足番であり、西中洲樋口建設の代表取締役社長として献身的に勤めていたYが従っていた。だが、Yは会席の場には加わっていない。
Yは自分の功績について自負するものがあったようだ。後日、ある席で筆者に対して次のように聞いてきた。「俺はオーナーの樋口氏から社長の命を受けた。だから期待に応えて努力を積み、業績も進展させてきた。コダマさんはどう思う?」と見解を求めてきた。筆者は「いやあ、会社の業績アップはあなたの実績だ!」とすかさず持ち上げた。本人が得意顔になったのはいうまでもない。
話を進めよう。Yは樋口氏と密談を終えた要人を料亭の外で待機していた車まで見送り、走り去る車に対して深々と頭を下げた。しかし、気持ちには釈然としないものが残ったようだ。接待を終えると、そのまま中洲の行きつけのクラブへと向かった。顔見知りのホステスが応対したのだが、腹の立つことがあったのだろうか。彼女の顔面を殴ったのである。Yは大学までボクサーとして名を売っていた経歴の持ち主だった。素人が殴るのとは打撃力が全く違っていたであろう。
『福岡建設業界に衝撃 西中洲樋口建設「廃業届」提出の顛末』(2018年7月2日掲載記事)
さて、ここからがオーナー樋口征男氏の腕の見せ所であった。会社を解散して新会社を立ち上げ、さらに代表取締役社長に復帰するという辣腕ぶりを発揮したのである。
「知事許可返納」からわずか70日──異例の即座復活
2018年5月21日、地場ゼネコン・(株)西中洲樋口建設が福岡県に提出したのは、建設業知事許可の「廃業届」だ。前社長であるYの有罪確定にともなう「建設業許可取り消し(5年間の排除ペナルティ)」という最悪の行政処分が下る寸前、同社が講じた“裏技”であった。
福岡県建築都市部は「対象となる許可が存在しなくなった」として速やかに処理を打ち切り、行政処分を見送った。そして同年7月30日、同社は何事もなかったかのように国土交通省(九州地方整備局)から「国土交通大臣許可」の交付を受け、公的工事の現場へ完全復帰をはたしたのである。
わずか70日余りという空白期間でのシームレスな移行――。通常、国交省の大臣許可申請には標準処理期間だけでも約90日を要する。事前準備や組織再編、専任技術者の再配置を含めれば、いち中小事業者が緊急事態に陥ってから対応できるスピード感をはるかに超えている。あらかじめ不祥事の発生と判決を見越し、水面下で周到に用意された「特別ルート」が存在したと見るのが自然だろう。
なぜこれほど露骨な「処分逃れ」が咎められもせず成立したのか。取材を進めたところ、そこには一般企業では絶対に構築不可能な「政・官・警・法」の強固なスクラムが描いた分業体制が浮かび上がった。すなわち、知事許可の返納と大臣許可枠へのスライドという「形式的適法・実質的脱法」のリーガル・スキームを設計。県や国交省に対し「形式上の欠格要件はクリアしており拒否する法的根拠はない」とのロジックを突きつけ、行政側に処分見送りの“口実”を与えたのである。
「違法」に逃げ込む行政の怠慢──「政・官・警・法」の三角形が描いた“完璧な脱法スキーム”
創業者・樋口征男氏(県警OB)、ならびに身内の現役県警幹部という人脈ラインを通じて、捜査や公判のタイムラインを早期に把握。処分前の「廃業届」提出に必要なタイムラグを稼ぎ出すとともに、県担当官に対する強力な心理的牽制(バリア)として機能したのである。
当時は次男である県会議員が第67代県議会議長を務め上げた直後であり、自民党県議団・県連の重鎮として頂点に君臨していた時期である。予算や人事権を握られる県行政(知事部局)が、県政トップの実家の企業に対して自発的に厳格な「排除」を行えるはずもなく、強烈な“忖度”による行政の不作為を生み出した。
当社の取材に対し、行政や関係者は口をそろえて、「法手続きに則っており違法性はない」「現行の役員に欠格要件はない」と突っぱねた。
しかし、本件の本質は「条文に違反しているか否か」という単純な二元論(違法論争)ではない。建設業法第29条が定めるペナルティの趣旨は、悪質な不祥事を起こした事業者を一定期間市場から締め出し、公金事業のコンプライアンスと公平性を保つことにある。「政治的バックボーンと法務テクニックを駆使すれば、法が定めたペナルティを完璧に無効化でき、県民の税金を原資とする公共事業を受注し続けられる」──。この歪んだ成功体験を公的な現場で許容してしまっている事実こそが、最大のモラルハザードなのだ。
真面目に法令を遵守する圧倒的多数の建設業者を裏切り、ルールを骨抜きにした「完璧な脱法構造」。重鎮たちの不祥事連鎖によって長年の権力構造が揺らぐ今、我々はこの「行政の手加減と不条理」の全貌を、今一度問い直さなければならない。
建設業界の要職にある経営者が当時を振り返る。「会社の立て直しの戦略展開はさすがオーナー樋口征男氏であると感服した。しかし、福岡県に新会社に旧会社の工事実績を認めさせるやり口は非合法だ。誰も厳しい糾弾の声を上げることができなかった。ただただ悔しい思いが募ってくる」と後悔の念を語った。
この8年前の出来事が樋口オーナーの絶頂期であったと筆者は評価する。
(つづく)









