2024年04月23日( 火 )

天皇陛下の生前退位問題、有識者会議が初会合 「譲位後の立場」「仕組みの恒久化」が論点に

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 天皇陛下が象徴としてのお務めについてのお気持ちを表明されてから2カ月余り、17日に政府の有識者会議が開かれた。有識者会議のメンバーには皇室制度や皇室典範、憲法などの専門家は不在。あえて専門家を置かないことで、フラットな立場で議論できるように、という発想だ。各分野の専門家には、必要に応じてヒアリングを行うとしている。

 今回論点になるのは、「天皇陛下が退位された後の地位はどうなるか」と「今回の“生前退位”のためだけの特例か、今後もシステムとして残していくのか」の2点ではないか。もちろんこれらの議論の先には、天皇の地位やその継承について定めている憲法が厳然と存在している。

 明治以前は、天皇が存命中に位を退く例は数多くあった。むしろ平安時代末期は、「治天の君」と呼ばれる最高権力者の座は天皇の父や祖父などの立場に当たる上皇(正式には太上天皇)、法皇(出家した上皇)が占めていた。上皇、法皇は「院」という別名で呼ばれた(例:後白河法皇を後白河院と呼ぶ)ため、この政治形態を「院政」と呼ぶ。「院政」という言葉自体は現代の政界でも頻繁に使われるため、ご記憶にある方も多いだろう。田中角栄、竹下登らの総理経験者が、総理の座を降りてからキングメーカーとしてふるまった姿が院政である。院政は権力・権威の二重構造を生むため、内乱の原因にもなりうる。また、天皇が譲位する仕組みを作ることで、何らかの理由で譲位を強制されることも考えられる。
 明治憲法と現行の日本国憲法、それに付随する新旧の皇室典範では天皇の譲位を想定していないため、天皇は崩御するまで皇位にある、という前提であった。天皇の譲位について、かつて明治期には政府首脳の間で、また終戦直後は国会で議論されたこともあったが、初めてオープンに論議する場ができたことになる。

 今回天皇陛下が「お気持ち」で示唆された生前退位を、今回限りのことにするか、恒久的なシステムにするかも議論を呼ぶところだ。今回限りであれば、特例法を国会で成立させることで対処できる。だが恒久的に続く仕組みにするとなると、皇室典範の改正や、場合によっては憲法の改正にまで踏み込まざるを得ない可能性がある。
 政府側は特例法での対処を検討しているようだが、天皇陛下の「お気持ち」と現在のご体調を考えると、長い議論をしている時間的余裕がないのは事実だろう。まずは特例法で対応しながら、将来的には恒久的な仕組みづくりについて議論していく、という二段構えが必要ではないだろうか。

【深水 央】

 

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