【九州1兆円企業(3)】ヤマエグループHD、M&Aで駆け上がる「流通の王者」へ

食品卸から全国企業へ──破竹の成長とM&Aの構造

ヤマエグループHD    ヤマエグループホールディングスがM&Aを駆使し、破竹の快進撃を遂げている。九州の食品卸から短期間に連結子会社68社と持分法適用関連会社4社(2025年3月末時点)を擁し、正社員数約6,000人、パート・アルバイトを含めた総従業員数約1万6,000人の全国企業に成長。25年3月期の連結売上高が1兆69億円(前期比41.3%増)と1兆円企業入りをはたした。事業内容は祖業の食品卸をはじめ業務用食材・酒類卸、菓子卸、食品加工、住宅関連、建築加工、不動産、物流、ピザ宅配など多岐におよぶ。

 事業コンセプトは「流通のトータル・サポーター」。食と住の分野で生産から消費までサプライチェーン全体に関わりビジネスを生み出していく、というもの。一介の地方食品卸にすぎなかったのが、10年足らずの間にいかに変身が成し遂げられたのか?上場企業でも例を見ない急速なM&Aに死角はないのか?

 25年3月期は中期計画で26年同期としていた売上高1兆円を1年前倒しで達成した。前年度に傘下に収めた菓子卸大手のコンフェックスホールディングスや水産物卸のマール(東京)などが通年でフルに寄与したほか、24年10月に買収した不動産のおおさわグループ(静岡県浜松市)が加わり、3,000億円近く売上を伸ばした。

 営業利益は13.4%増の157億8,100万円、経常利益19.1%増の175億6,900万円と二ケタの伸び率だったが、減損損失を計上したことで当期純利益は85億4,000万円と1.0%増にとどまった。

 ヤマエグループHDがM&Aに本格的に乗り出したのは前身のヤマエ久野時代の2017年から。同年9月、関東地盤の業務用酒類卸・みのりホールディングス(HD)を買収したのを皮切りに12月に酒類卸・春日や(千葉県)、翌18年1月に日装建(熊本県、現・ヤマエBUILD)、2月に業務用食材・酒類卸のTATSUMI(東京)、19年2月に住宅用プレカット加工のHVCHD(同)と立て続けに実施。M&Aに機動的に対応するため、21年10月ヤマエ久野の株式を移転するかたちでヤマエグループHDを設立、持株会社制に移行した。この体制だと、買収した企業は持株会社の下にぶら下げるだけで良い。

 25年3月までの過去7年間で買収した企業数は55社。前期は統廃合で3社減ったため、累計は58社で年平均8社強になる。18年3月期には売上高3,893億円のうち、買収した企業16社の合計は389億円で9%の比率だったが、25年同期には1兆69億円のうち、55社で5,163億円、構成比は51%と5割を超えた。

 この間、M&A以外の既存事業の売上高は3,893億円から4,905億円と26%増だった。買収企業の売上は13.2倍で、M&Aの効果がいかに大きかったかがわかる。

 経常利益は18年3月期の35億円から25年同期に175億円と5倍に拡大した。売上成長率の2.35倍を大きく上回る。利益面でもM&Aの寄与が大きい。経常利益率は18年の0.82%から1.74%に上昇した。

借入リスクと後継者問題を超えて
持続可能性を確立できるか

 買収企業の業種業態、規模は様々。原則として既存事業である「食」と「住」が対象で消費者相手のビジネスは含まない。唯一の例外は23年に傘下に収めたピザ宅配の日本ピザハットを傘下に持つ日本ピザハット・コーポレーションだ。同じ「食」でもみのりHDやTATSUMIはこれまで手がけてこなかった業務用卸で、同社にとっては新規分野だった。

 事業内容も、年約2,500億円を売り上げるコンフェックスのような業界最大手企業から養豚、養鶏場や飼料の製造販売を手がける「トップ卵」「屋久島地杉の加工センター」といった特殊な企業まで多彩。一見すると、M&A助言会社や金融機関、投資ファンドなどから持ち込まれる案件をアトランダムに買っているように映る。コンフェックスと日本ピザハットは親会社が投資ファンドだった。

 企業買収に23~24年度の2年間で469億円を投じた。18年3月期末に415億円だった有利子負債(長短借入、社債、リース債務の合計)は25年同期末には1,270億円と売上成長率を上回る3.1倍に膨んだ。月商換算では1.16カ月から1.51カ月に上昇した。自己資本比率は24年3月期の22.2%から25年3月期の22.3%とほぼ横ばいだが、非製造業で3割に満たないのは好ましい水準ではない。

 M&A以外の投資に手を抜いてきたわけではない。23~24年度の2年間で278億円を投じた。内訳は物流センター整備などの設備投資202億円、新規事業32億円、DX(デジタルトランスフォーメーション)44億円。23年12月には福岡市箱崎ふ頭にセブンイレブン向けの惣菜工場を建設した。

 急激なM&Aに不安がないわけではない。買収した個々の企業の業績は非開示だが、連結経常利益が過去7年間で5倍と売上の2.35倍を上回っていることから、利益成長でも貢献していることはたしかだ。とはいえ、55社もの買収企業の経営にどこまで関与しているかとなると、心もとない。

 最大のリスク要因は一連の買収を主導してきた網田日出人代表取締役会長兼最高経営責任者の後継者問題だ。

 網田氏は1949年12月生まれで今年76歳。日本大学法学部卒後、74年12月ヤマエ久野に入社。最初の勤務地は郷里熊本県だった。ここで急成長中だったニコニコ堂に食い込み、一営業マンながら年600万円だった取引を70億円に拡大したという逸話が伝えられている。決め手になったのが共同配送センターの提案。ベンダーが個別に店舗に配送するのでなく、共配センターを設けてまとめて運ぶ。センターの建設と運営はヤマエが行う。

 ニコニコ堂が2002年に経営破綻すると、熊本県内の総合スーパーの継承を取引のなかったイズミに持ち込んだ。九州中部に進出を目論んでいたイズミの創業者・山西義政会長(当時)はこの恩を忘れず、以後、網田氏とは昵懇の間柄になる。ヤマエは黒子で表面に同社の名前が出ることはなかったが、債権者や地元自治体などとの複雑な調整に動いた。

 親分肌で人情家、面倒見が良いというのが周囲の一致した評だ。かねてから食品卸は過当競争で利益が少なく、成長性に乏しいことを実感していた。14年、社長に就任すると満を持していたとばかり、M&Aを実行に移す。

 社長就任以来、ヤマエでは異例の21年の長期政権になる。社長は大森礼二氏に譲ったものの、最高実力者であることに変わりはない。M&Aでは、スピード感と決断力がものをいう。ぐずぐず決めかねていると、良い案件は競合企業にもっていかれる。商売人としての独特の嗅覚で買収企業を判断し決断してきた網田氏だが、あとを継ぐ人材がいるかどうかとなると、いささか心配にならざるを得ない。

【工藤勝広】

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