日はまた昇るか~セゾンの遺産「西友」の再生に挑むトライアル

トライアルはなぜ西友を買ったか?

トライアル    西友は父親との確執のなか、学生運動に挫折した詩人、堤清二が西武鉄道グループ傍流の小売からスタートした事業だ。やがてそれはコンビニ、レストラン、金融、保険など文化事業を含む100社を超えるグループ会社をもち、我が国有数の企業に成長しながら、セゾングループとして親会社から独立、社会的にも高い評価を受けるまでになった。

 その挫折はご多分に漏れず、バブル崩壊だ。意欲的な事業拡大は過剰な系列ノンバンクの借り入れがその原資だったため、セゾングループは分割され、姿を変えた。

 2002年、中核の西友はウォルマートと提携、05年に子会社として仕切り直した。しかし、全米最強のウォルマートが独自の手を尽くしても、業績の改善はなく、21年3月には、ウォルマートは投資ファンドKKRに85%の持ち株を売却した。全米トップ、いや世界最大の小売業にも、なすすべがなかったということだ。

 そんな企業をトライアルが手にした。そこにどんな意図があるのだろう。いうなれば、トライアルは型にこだわらない小売業だ。地域にも業態にも店舗スタイルにもかたくなさがない。リゾート事業までも手がける。しかし、都心型の旧タイプを抱えるのは小さくないリスクだ。事実、西友獲得にはイオンもドンキも名乗りを上げる。結果として3,800億円を投じたトライアルが西友を手に入れた。西友の資産価値、自社の経常利益を考えてもシビアな投資だ。西友を買ったのが、国内有数の規模と体力をもつイオンとドンキでもなかったのは、業界やマスコミにとっては半ば驚きだ。そこに透けて見えるのは創業オーナー家の強い意志だ。

ドンキ型改革とDXで挑む、西友再建の現実と未来

 それはドンキのユニー買収と似ている。西友、ユニーともに旧来型のGMSだ。その改革は一筋縄ではいかない。そこにサラリーマン経営者の思い至る余地はない。オーナーには常識外の欲がある。それはある種のわがままだ。それが時に奇跡を生む。ダイエーも西友もバブル期までは我が国の成長に添い寝した。その先頭に立って指揮を執ったのはいうまでもなく、中内、堤のカリスマオーナーだ。この構図は時代、業界が違っても不変だ。ドンキオーナーと同様、トライアルオーナーにはその頭のなかに、西友の再生手法が描かれているはずだ。その手法は間違いなく従来型ではない。いま西友に求められるのはシステムとビジュアル双方の変革だ。

 かつて西友に望みを託したのはウォルマートだけではない。楽天も同じだ。生鮮食品宅配にはリアル店舗が必須とファンドと協業して、リアルにも手を伸ばし、総合的なオンラインリテールに挑戦したということだろう。アマゾンがオーガニック高質スーパーマーケットのホールフーズを傘下に入れ、生鮮宅配を試みていることを参考にしたのかもしれないが、結局はこの試みはうまくいかなかった。理由は簡単だ。都心型多層階店でオンライン配送がうまく行くなら、配送専業のオカドやイオンが配送のための専用センターをつくる必要はない。もともと、リアル店舗は現場、現物をより効率的にお客に提供するために設計される。そこにピッキング、仕分け、出荷という機能が加わってスムーズな運営ができるはずがない。

 食品売場に隣接して仕分けコーナーを設ければ、そこには半ば殺伐とした雰囲気が漂う。かつてのサニー、ホールフーズの売場を見てそれを実感したものだ。そうなるとリアルの生産性の悪化で店舗全体の収益改善にはつながらない。

 もう1つは、既存の業態を持ち込んでも効果は期待できないということだ。これまでの経営は、店舗の売却に加えて経費、とくに人件費を節減することで売上縮小のなかで利益改善をしてきた現実がある。ドンキはGMSの売場に、メガドンキという異質の業態を持ち込んで新たな客層を手にした。

 その点、トライアルはどうだろう。従来型の考え方で見れば同社は半ば異質だ。まず、地域ドミナントというチェーンストアの基本を採らない。フォーマットにしてもさまざまだ。しかし、その売場は経年とともに進化、変化している。併せて注目すべきは、今後リアル店舗の主流になるであろうDX化に積極的に挑戦していることだ。

 人手不足と厳しい競合が加速する今後の流通業界はいうまでもなく、従来型の集約的作業、販売だけでは生き残れない。AIによる提案販売、商品広告、関連品の推奨、レジ決済の簡便化などをいかに進化させるかが大きな課題だ。トライアルは取引先、同業者だけでなく、自治体をも巻き込みながら独自の情報交流施設を建設して、そのすそ野を拡げようとしている。

 ウォルマートから引き継いだ西友のこれまでの経営は、既存のかたちをそのままで、いかに無駄を省くかという「縮の経営」でそれを取り繕ってきた。常識的なサラリーマン経営者には、それを最優先せざるを得ない。それを終えて、新たな試みに取り掛かろうというのだが、この新たな試みは常識の延長線上にはないから始末が悪い。そこに現れたのがトライアルということなのだろう。

 いずれにしても、トライアルは創業以来40年余りをかけて地方に築いた売り上げと同じ規模のそれを一度の買収で手に入れた。そこには画期的な飛躍が期待できる一方、革新に手間取ると企業の危機をも招きかねない。

 かたや取引先の成長は、納入企業にとって願ってもない現象だ。取引先にとっては、これまでの情報共有で培ったデータマーチャンダイジングの格好の実践実験の場にもなるということだろう。

 新生西友がビジュアルと商品、価格、DXという革新性で新たな消費者に支持されれば、セゾンの新たな日が昇るということになる。

【神戸彲】

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