2024年03月19日( 火 )

伸長するオーガニック市場 海外との違いが浮き彫りに(前)

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近年、各メディアで取り上げられ、消費者の意識向上で拡大しているオーガニック市場。先行する海外の市場とは大きな違いがあり、国内は「食の安全・安心、栄養価」といった健康嗜好型の考え方、海外では健康嗜好よりも環境保全と将来の地球環境保護の観点での考え方がある。またオーガニック農作物の生産および流通における課題もあり、市場が成熟化するための課題が浮き彫りとなっている。


錯覚と思いこみ

 食の洋風化で健康が損なわれているということを多くの人は肯定する。しかし、日本人の平均寿命は戦後一貫して伸び続けてきた。1960年に65.32歳だった男性平均は80年には73.35歳になり90年には75.92歳、直近では81歳を超えている。その間、我が国の食の事情は一貫して洋風化を続けた。確かに、結核など感染症疾病の克服や住環境の改善など食以外の部分が平均寿命の改善に貢献したことは否定できない。しかし、食の改善もそれに大きく貢献している。

 その昔、途上国の栄養不足の幼児のように我が国の団塊の世代の多くが幼児期には青洟を垂らしていた。これはタンパク質不足を中心とした栄養不足で白血球の免疫機能が低下し、風邪などの感染症菌が侵入したとき、それと戦うため低下した機能を補うために異常に増えた白血球の死骸が青洟になったものだという。当時の栄養不足の深刻さをうかがい知ることができる。

 「衣食足りて礼節を知る」という故事がある。礼節を質に置き換えると食の世界にも当てはまる。量の不足からその充足を経て、グルメ時代が過ぎ、いまや過食の弊害と食の安全、安心が盛んに取りざたされている。

オーガニックというマジックワード

 62年、アメリカの生物学者レイチェル・カーソンが「沈黙の春」で環境汚染に警鐘を鳴らして半世紀が経つ。それ以来、化学物質による環境汚染が問題になっているが、それは今でも世界各地で進行中だ。

 近代、限りない化学物質のアシストで、食の関連分野の生産が効率化され、それはそのまま世界の人口増につながった。日本の人口を考えるとよくわかる。江戸時代の人口は3,000万人程度の推移といわれているが、化学肥料や農薬がなかったことによる食料の絶対量不足を考えるとその程度の人口維持がせいぜいだったのだろう。

 我が国には独特の神話が少なくない。まず、信頼と安全の神話だ。日本は多くの面で安全・安心社会だ。地域に関係なく水道水がそのまま飲め、夜間の1人歩きも例外を除けば危険はほぼない。そして、国民のほとんどは程度の差こそあれ企業や行政を信頼している。社会全体が漠然とした善意で回っている世界でも稀な国なのかもしれない。しかし、この安心感がときに錯覚を生む。

 たとえば農産物だ。我々は国産品が外国産よりずっと安全だと思い込んでいる。米も野菜も果物も。たとえば、スーパーマーケットの売り場で豆腐や納豆を手にして、その材料がアメリカ産の有機大豆という表示を目にすると主婦のほとんどは違和感を覚えるはずだ。「え、アメリカの有機大豆ってどういうこと?」。アメリカのトウモロコシや大豆でイメージするのは遺伝子組み換えやポストハーベスト農薬だ。しかし、アメリカの農業のすそ野は広い。農業生産額こそアメリカのそれは日本の5倍程度だが、耕地面積は約80倍(牧草地を含む)という途方もない広さである。

 農薬についても同じだ。日本農業の農薬の管理と使用量はアメリカに比べるとはるかに厳密で使用料も少ないと思い込んでいる。しかし、事実は違う。日本の1haあたりの年間農薬使用量はアメリカの2.59kgに対し11.85kg。4.5倍以上の量である(国連食糧農業機関統計)。圧倒的に日本の使用量が多い。湿潤温暖気候の我が国には害虫の種類もその活動期間も長いから当たり前ではある。

 アメリカの青果物の主産地であるカリフォルニアやワシントン州はそれぞれ地中海性、西岸海洋性気候で夏でも雨が少なく冷涼な気候だ。たとえばコメの主産地カリフォルニアでは殺虫農薬を使わなくても病害虫の影響で不作になる可能性が我が国よりはるかに低い。我が国の農産物の栽培管理は化学由来の農薬や肥料がなければおそらくアメリカのそれよりはるかに難度が高い。

 農地にしても同じだ。休耕地や耕作放棄地が多いといっても、日本の農地は442万ha。アメリカのそれは4億345万haで88倍以上だ。いくら牧草地やトウモロコシ、小麦といった輸出用作物の作付面積が大きいとはいっても栽培手法の選択肢の多寡は比較にならない。自分では農薬を使わなくても、隣畑が使用した農薬が風に乗って飛んでくる。だから「無農薬」という言葉は日本では使えない。

 ところでアメリカの有機栽培の基準だが、農務省の規制はかなり厳しい。遺伝子組み換えはもちろん、汚泥や化学肥料、農薬の使用を厳しく規制している。

 畜産物も同じだ、抗生物質や成長ホルモンの使用はどんな理由があっても禁止。家畜が出入り自由の畜舎に加えて、飼料までオーガニックでなければならない。だから家畜や家禽由来の畜肉や乳製品の生産を大きくするのは、さすがのアメリカでも容易ではない。しかし、生産全体が大きくならない理由は価格の問題もある。日本でもアメリカでも有機農産物の価格は手ごろとはいえない。消費頻度の高い食品の購入動機は買うのに便利な「近いと安い」だ。有機食品に関して消費者が許容する価格はせいぜい2割程度の価格差だ。それ以上になると購入を手控える。しかし、生産する側からすると少なくとも通常品の1.5倍程度の価格でないと生産コストに見合わない。

(つづく)
【神戸 彲】

<プロフィール>
神戸 彲(かんべ・みずち)

1947年、宮崎県生まれ。74年寿屋入社、えじまや社長、ハロー専務などを経て、2003年ハローデイに入社。取締役、常務を経て、09年に同社を退社。10年1月に(株)ハイマートの顧問に就任し、同5月に代表取締役社長に就任。流通コンサルタント業「スーパーマーケットプランニング未来」の代表を経て、現在は流通アナリスト。

(後)

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