2024年04月26日( 金 )

「検察崩壊元年」ゴーンの反撃(3)

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 ゴーンは2019年12月30日にレバノン滞在を全世界にむけて発信した。ここで思い起こされるのは、ゴーンが起訴された事件がそもそも公訴時効の完成した事件ではないかという疑惑である。ただし、これは世間を騒がせた有名な白山丸事件の最高裁判決「犯人が海外にいる間は時効は停止する」というとんでもない日本語の文法を無視し、刑事訴訟法の論理と条文構成を無視した判決により一応不問とされている。

(昭和37年9月18日最判第三小法廷判決)

 しかもこの判例は現在では明らかに外国人差別判例となっているおまけつきの判例である。※後注

 この白山丸事件こそ密出国罪の事件だった。密出国罪とは正式・適法な手続をとらず日本を出国することである。従って犯罪の既遂時期は日本の領海を出た時点か、船舶による出国であれば、日本の司法権が及ぶ日本船舶内から離れた時であり、外国の港に着岸して日本船舶から離脱した時である。

 それから先の外地での滞在は、窃盗犯が贓物を継続して所持しても窃盗罪は既に既遂に達しているのと同じく犯罪行為ではない。従って捜査の対象とはなり得ないし、捜査の必要性も無い。そして、公訴時効はこの既遂時点から進行する。しかもこの既遂時点が領海内、ないし日本艦船内という事実は、後述の最高裁判決の言う「合理的理由」が全く存在しないことをも証明している。

 白山丸事件とは中国大陸からの引揚者帰還船白山丸に乗船していた被告人が、入国の際に適法な出国の記録が無いため、密出国の事実が判明した事件である。つまり、検察官は密出国罪の既遂後、公訴時効が完成した3年間を超えた時点で、初めて被告人の密出国の事実を知った事案である。しかし、検察官は刑事訴訟法第255条を我田引水的に解釈して、犯人が海外にいる間は時効は停止すると主張して公訴提起した。この検察官の独善的解釈を最高裁は是認した。その理由は、(以下最高裁判決の括弧書きの理由をそのまま引用する)

 「なお、論旨は、原判決およびその是認する第一審判決の刑訴二五五条一項の解釈を非難するけれども、同項前段の『犯人が国外にいる場合』は、同項後段の『犯人が逃げ隠れている』場合と異なり、公訴時効の進行停止につき、起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかつたことを前提要件とするものでないことは、規定の明文上疑いを容れないところであり、また、犯人が国外にいる場合は、実際上わが国の捜査権がこれに及ばないことにかんがみると、犯人が国内において逃げ隠れている場合とは大いに事情を異にするのであつて、捜査官において犯罪の発生またはその犯人を知ると否とを問わず、犯人の国外にいる期間、公訴時効の進行を停止すると解することには、十分な合理的根拠があるというべきである」というものであった。

 こんなデタラメな日本語文の解釈と刑訴法の解釈は当時も大問題となったが、結局、学説は最高裁に押し切られてしまった。これが日本のあわれな刑事法学の実態である。

※後注

 日本の法曹の一部には全く自分が井の中の蛙であることを理解できない者がいる。「国外にいる犯人」という場合、それが日本人で住所地を国内に有するものばかりではなく、海外勤務の日本人も多数おり、これらの人々はそれだけの理由で、時効利益を否定される不平等な扱いを受けることになる。この指摘は当時の学説にも存在した。

 現在のグローバル社会ではもっと状況は変化している。ゴーンはそもそも日本人ではなく、外国居住者である。ゴーンは外国人故に日本の刑事公訴時効の利益を否定されてしまっている。そして、今回の脱出劇においても、彼の本国、住居地での平穏な生活が否定された保釈条件に対する正当防衛行為ともとれる彼の基本的人権を守る行為が、単純に密出国犯罪と非難されている。世界から人質司法と非難されている意義を全く理解していないにもほどがある。

 仮にゴーンに密出国罪が成立するとして、既遂時期は2019年12月30日であるから、同罪の公訴時効は進行をしている。ゴーン裁判が今後どのような展開をするかは全く不明となった。報道によればレバノンとは犯罪者引渡し条約の締結はないというから、ゴーンの強制的な収監は法的には不可能である。仮に検察が公訴の遂行を自ら停止を求めた場合、裁判は公訴棄却の裁判となる可能性がある。

 いずれにしても、起訴された犯罪すべてに公訴時効の進行が開始する可能性が出て来た。検察は裁判を進める他なくなった。そして起訴済みの裁判が仮に3年以上経過すれば、今回の密出国罪の公訴時効も成立するから、再び、白山丸事件と同様の法廷闘争が開始されることになる。現在の弁護団は優秀で、58年前の弁護団や無力学説とは全く事情が異なる。検察は確実に敗訴し、検察は崩壊を開始する。

(つづく)
【凡学 一生】

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