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2020年01月09日 11:32

【緊急投稿】カルロス・ゴーンの記者会見が意味するもの

 カルロス・ゴーンがレバノンで日本時間8日午後10時に世界中のメディアを招待して開いた記者会見は、わが国にあらためて強烈な衝撃を与えた。筆者は「検察崩壊元年ゴーンの反撃」と題した関係記事を連載しているが、あまりにも事態の進展が急激であり、用意していた原稿がすべて陳腐なものに思える。精密な議論展開は追って発表するとして、緊急で今回の記者会見の要点を報告したい。

1:日本の司法制度の不正義・後進性の指摘は日本の司法権への批判である

 政府関係者や検察、そしてマスコミは、ゴーンが今回の体験を基に指摘した日本の司法制度の不正義、反人道性の名宛人が三権分立を真に理解しているなら、裁判所にむけられたものであることを理解しなければならない。それは菅官房長官や森法務大臣が日本の国家主権への挑戦であるとか東京地検の責任検事が、ゴーンの指摘を不合理な言説である旨のコメントを素早く発表していることが、既に異常であることに気付いていない。

 各コメントが話にならない「屁理屈」以下であることは後に指摘するとして、憲法上の司法権の担当者・責任者は裁判所であり、司法行政の最高機関が最高裁判所であるから、最高裁判所のコメントが一切ないことの異常性が全く問題とならない点に日本の政治状況が極めて低い文明基準にあること、後進性が著しいことを示している。

2:喫緊の課題

 日本のマスコミはゴーンの密出国罪に関する逃走過程をまるで脱獄ドラマの筋書を楽しむかのように追跡し、重大事項として加熱報道一色であるが、ゴーンは「どうぞ勝手に詮索して下さい、何年後かにはその報道が正しいか否かくらいはコメントします」と軽く受け流した。これで日本のマスコミが目を覚ましてくれればと願うのみである。

 さて、喫緊の問題は、ゴーンの裁判はどうなるのか、である。これはマスコミや検察、政府が決める事項ではない。裁判所が決める事項である。日本では不思議なことに、十分な法的根拠もなく、刑事訴訟法で決められた刑事訴訟手続きである「裁判の進行(行方)」を「識者」が勝手な思惑で断定する。一番多く見られるのが、ゴーンが海外に逃亡してしまっているので裁判は開かれないから、このまま検察の不戦勝に終わるとする見解である。

 ここで、裁判所が沈黙を続けているから、やがて国民はこの暴論を妥当なものと受け入れてしまうのだろう。とんでもない国である。相変わらずの「無法国家」である。

3:法の缺欠

 予想しない事象が出現し、それに対応した法令が存在しない状況を講学上「法の缺欠」という。国民は、日本は法治国と単純に信じ込まされているから、未熟な法治国そのものとなる「法の缺欠」という概念やその思想を理解することはできない。ゴーンが被告人の立場で密出国し、日本にいなくなった状況は刑事訴訟法が全く想定していない事象である。従って

 裁判所が沈黙していることは一理ある。しかし、「識者」らがこの「法の缺欠」の場合の原則的対応をとらない・知らないことは問題であり、さらにそのような無知識で、論評を発表することは恥さらし以外の何物でもない。しかし、これが堂々と流通するのであるから、「これぞ日本文化の後進性」と世界の良識から批判を受けることになる。

4:刑事訴訟法の原則的規定

(1)被疑者が公訴の提起を受け、管轄裁判所に起訴状が適法に到達し、被疑者にも謄本が告知された段階で、被疑者は被告人となる。裁判所の管轄権が適法に発生する。

(2)裁判所は通常、被告人の弁護人と検察官に対して、公判前に整理手続きを開始し、その上で公判期日を指定する。

(3)公判期日の法的成立要件の一つが「被告人の召喚」である。(法273条2項)

【解説】

 識者の多くが、この(3)の規定を根拠に公判の開始が不可能と即断している。しかし、(4)法278条では、被告人が「病気その他の事由」で出頭不可能な場合を規定し、(5)法284条では軽微事件の出頭免除規定がある。

 以上の原則的規定は、被告人が公判前整理手続き中に国外逃亡し、公判期日に被告人が出頭できなくなる事態を想定して規定されていないから、直ちに法237条2項の規定を適用することは論理的には正しくない。逆に、そのような状況をも考慮にいれて法237条2項が規定されたという証拠は何もない。これが法の缺欠の具体的事例である。

 そこで、関連条文の規定も考慮して、ゴーンが国外逃亡した場合、裁判の進行はどうなるか、どうすべきかを論理的に決定しなければならない。

 結論としては「公判開始」「公判手続き停止」「公訴棄却」の三つのどれか一つとなる。

5:論理構成

公判開始とする場合の論拠条文 法284条
公判手続き停止とする場合の論拠条文 法278条
公訴棄却とする場合の論拠条文 法273条2項、法314条1項但書

(1)公判開始

 法284条は軽微事件については被告人の出頭を免除している。これは公判手続きが検察官の主張立証についての被告弁護人の反論などからなる事実認定手続き・犯罪構成要件事実に該当するか否かの判断手続であるからもともと被告人の出頭・在廷は必須の条件ではないからである。翻って、被告人の出頭・在廷を法273条2項が規定している法意は、被告人の権利保護にある。

 公平公正な刑事裁判手続が被告人の眼前でおこなわれることを保障したもので、これを裁判所の義務として規定したものである。従って、被告人が希望する限り、公判手続きは迅速に進行されなければならない。被告人が国外にいる場合でもその意思は確認できるが、既に被告人には代理人弁護人が選任されており、弁護人の同意で公判手続きの開始ができると法律構成すべきである。

(2)公判手続き停止

 法278条の「病気その他の事由」に「被告人の国外逃亡」が入っていると解釈することはできないから、法の缺欠となるのであるが、「その他の事由」に入ると無理に解釈すれば、法314条の規定から、公判手続き停止という結論になる。しかし、公判手続き停止の論理的前提は「やがて出頭が可能になる」という前提で規定されたもので、本件のように被告人が海外に脱出し、再入国が「このまま」では見込めないから、公判手続きの停止という意味は全く無い。

 特に、本件は共犯事件であるから共犯者とされるケリー被告人の裁判は何の問題もなく開始進行できる。犯罪事実は同一事実であるから、ゴーンの裁判を進行させても被告人出頭の利益だけがないにすぎない。何度も指摘するが、被告人の出頭・在廷は、被告人の権利保護であるから、被告人が自らその利益を放棄しても、国家の義務である、犯罪事実の認定と処罰という義務には何の影響もない。しかも本件は、被告人が無罪を主張している事件であるから、裁判を進行させることが、結果としては被告人の利益となる。

(3)公訴棄却

 被告人に起訴状の送達が不能の場合(法339条1項1号)と被告人の死亡の場合(同4号)には公訴棄却となる。ゴーンが国外にいることで、事実上、期日出頭は不可能で、被告人尋問も不可能である。この状況を「被告人の死亡」と同様と見做すか、ゴーンとは弁護人が連絡をとって意思の確認ができるから、何の障害もないと見るかは正に裁判所の判断となる。公訴棄却しても公訴時効の進行は停止できるから、無意味な「公判手続き停止」よりはるかに権利関係が明確となる。ゴーンが裁判を開始したかったら、自ら再入国して、身柄拘束されて裁判を受ける他ない。

 裁判所は、早急に決断を迫られている。

【凡学 一生】

▼関連リンク
「検察崩壊元年」ゴーンの反撃(1)

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