2024年03月29日( 金 )

【スクープ】全員悪人?!慶應大学裏口入学をめぐる騙し合い 元福岡県議があっせんか

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あなたの娘、300万で慶應大に合格させます

 早稲田大学と並ぶ国内私学の最高峰、慶應義塾大学(港区三田)への裏口入学をめぐり、今年2月、遠く九州の地でキナ臭い紳士たちによる諍(いさか)いごとが持ち上がっていた――。

 「300万円払えば、娘さんを慶應大学経済学部に合格させます」

諏訪下氏に騙された、と話すH氏(熊本市南区の自宅前で)
諏訪下氏に騙された、と話すH氏
(熊本市南区の自宅前で)

 そうあっせんされて全額を支払ったにもかかわらず、合格できなかったとして「騙(だま)された」と主張する人物と、事実が違うと主張する人物の泥仕合。騙されたと主張するのは、熊本市で貿易会社を経営するH氏。H氏が「裏口入学をもちかけられた」と主張するのが、北九州市在住の元福岡県議会議員、諏訪下勝造氏(65)だ。諏訪下氏は現在、LED照明機器の販売を手がけるイーアイエス(株)(北九州市八幡東区)の代表を務めている。

 諏訪下氏は九州国際大学附属高を経て九州産業大学工学部を卒業。1996年に北九州青年会議所の第44代理事長を務め、2007年の統一地方選では福岡県議会議員(八幡東区)に無所属で出馬して当選。民主党(当時)から立った2期目こそ落選したものの、地元では今でもそれなりに知られた名士だ。

 H氏の主張は以下のようなもの。

 ―― 今年1月ごろ、知人を介して紹介された諏訪下氏から、娘(当時1浪中)の慶應大学受験について、「300万円で合格させる」という話をもちかけられた。半信半疑だったが、諏訪下氏から入学あっせんの進行具合について随時メール連絡をもらい、経済学部の合格発表の日(2月25日)の3日前には「よほどのことがない限り合格しています」という連絡を受けたため、22日に300万円を諏訪下氏の口座に振り込んだ(画像はその際の振込票)。しかし、実際には合格していなかったため諏訪下氏に再三問いあわせたが要領を得ない回答しかもらえず、電話にも出なくなった。諏訪下氏に対しては、300万円の返還と謝罪を求めている ――

 H氏が諏訪下氏から受け取ったLINEの文面

「お疲れさまです!速報です、合格確定です、よほどが無い限り大丈夫です、今日連絡来ました。娘さんには24日ネットで合格でます。一部金を今日財団理事長が払い確定しました」

   一方の諏訪下氏は、H氏の主張に対して次のように反論する。

元福岡県議の、諏訪下勝造氏(イーアイエス株式会社HPより)
元福岡県議の、諏訪下勝造氏
(イーアイエス株式会社HPより)

 ―― H氏から300万円が振り込まれたのは事実だが、そもそも、慶應大学に合格させてほしいという依頼は知人を介してH氏側からもちかけられたもの。300万円は手付金で、その後に1,000万円ほど支払われるという認識だった。私は慶應にコネを持つしかるべき人物に300万円を渡してお願いしただけで、仲介料などももらっていない。しかも、H氏の話では娘さんの成績が抜群に良いという話だったのに、実際には箸にも棒にもかからない成績だったらしい。だから不合格だったのではないか。私は口座を貸しただけなので、返せと言われても困る ――

 2人が繰り広げるツッコミどころ満載の主張はいったん置こう。仮に慶應大学の裏口入学が可能だとして、看板学部の経済学部に入学できるのであれば300万円という金額は破格の安さに思えるが、後述するようにH氏の懐事情から考えれば決して安くない金額でもあったはずだ。裏口入学という表ざたにできない案件でもあり、通常ならよほど入念に確認したうえでの“取引”になるはずのところ、実際にはH氏と諏訪下氏の間に何人もの「知人」なる仲介者が入り、H氏は諏訪下氏に一度も会うこともなく300万円を振り込んだという(諏訪下氏も「H氏には会ったことがない」と話している)。

 しかも、裏口入学の話がもちかけられたのは今年1月に入ってからで、入試直前の時期だったという。慶應大学経済学部の今年の入試日は2月13日。つまりH氏は、入試直前になって突然現れた「慶應大に裏口入学させる」という人物に対して、一度も会うことなく知人を介したメールのやりとりだけで300万円を振り込んだというのだ。

H氏が諏訪下氏の口座に300万円を振り込んだ振込票
H氏が諏訪下氏の口座に300万円を振り込んだ振込票

 にわかに信じがたい話であることは間違いないが、一方の諏訪下氏も「知人(H氏が“知人”と呼ぶ人物とは違う人物)を介してH氏から慶應大への入学あっせんを依頼された」と話しており、そうなると2人が「知人」と呼ぶ人物の素性が俄然(がぜん)気になるところ。しかし、自身の主張の正当性には饒舌なこの当事者2人は、仲介者の知人の話になると突然口ごもり、話をそらすという共通のしぐさを見せる。H氏は諏訪下氏に対してこそ「300万円を返せ」と強硬姿勢をとるが、諏訪下氏を紹介したという知人に対してはとくに責任を問うでもなく、「仕事仲間だから……」とあいまいに笑うのみだった。

「自分は国税庁の裏エージェント」~H氏の正体は?

 諏訪下氏について知る県政界関係者によると、諏訪下氏は政界引退以来事業がうまくいかず、資金繰りに困っている様子がうかがえたという。「政治家としても、経営者としても有能とはいえないタイプ。親の遺産などが入って一時的には凌げていたようだが、いまは貧すれば鈍すというか……」(県政関係者)。

 取材に対して、諏訪下氏は「慶応大に強力なコネを持つ知人がいるので、成績さえ良ければ(H氏の娘は)合格だったはずだ」と譲らないが、記者の「合格できるだけの成績であれば、そもそも裏口入学は必要ないのでは?」との問いかけには口をつぐんだ。

 「諏訪下氏は慶應大の裏口入学をあっせんできるって言っているんですか? 母校の九産大ですら怪しいのに、なにかの冗談でしょう(笑)」(青年会議所関係者)

 もっとも、良い噂が聞こえてこないのは、諏訪下氏に騙された「被害者」だと主張するH氏についても同様だ。H氏は、貿易業の他にも熊本市内で複数の飲食店を経営していると自称する。しかし、その飲食店の電話番号にかけてみると「現在使われておりません」とアナウンスされるものがほとんどで、実態の不明なものばかり。貿易業では、新型コロナウイルスに効果があるとして注目されたインフルエンザウイルス薬「アビガン」を扱っていると話す一方で、「特殊な素材のロープを熊本県警機動隊に納入している」「災害用ボートを扱っている」などと、真偽不明な話で煙に巻く。

 極めつけは、「自分は財務省に太いパイプを持っているので、所得税と法人税を合わせて10%以下に抑えることができる。この権限を持つのは全国でも10人ほど」と話して、「国税庁の(裏)エージェント」を自称するうさん臭さだ。しかし羽振りの良い話とは裏腹に、H氏が熊本市内に所有する自宅不動産は市税の滞納で2017年2月に熊本市に差押えられており、かなり資金繰りに窮してきた様子がうかがえる。

 しかも、「福岡の別宅」だとして客を招いていた、福岡市内でも一等地の中央区平尾に建つ豪邸は、知人からカギを借りて一時的に使っていただけというオチまでつく。かつては熊本市内で設計事務所を経営していた形跡があるものの、客観的には虚飾まみれといった印象が拭えない。いったい何者なのか。

 「H氏が何をしている人物なのかということは、正直よくわかりません。頻繁に東京に出かけている様子はあるし、それなりの人脈もある。ただし、自分を大きく見せることにはこだわる割に実務能力はゼロに等しく、彼に依頼したことが実現したことは一度もありません」(H氏を知る経営者)

H氏が「福岡市の別宅」と語った中央区内の豪邸。実際は、知人からカギを借りただけだった
H氏が「福岡市の別宅」と語った中央区内の豪邸。実際は、知人からカギを借りただけだった

裏口入学目的で支払った金銭を取り戻すことは可能か

 H氏は諏訪下氏に振り込んだ300万円を取り返すことができるのか。福岡城南法律事務所の藤村元気弁護士によると、「返金請求は認められない可能性が高い」という。

 ―― 「裏口入学のために支払った金銭の返還請求」は、認められない可能性が高いのです。仮に裏口入学をもちかけた側に最初から騙す意図があったとしても、依頼した側も不正な手段を用いて入学しようとしているため、不法原因給付(民法708条)にあたるとして返還義務が否定されると考えられます。刑事事件としても、仮に被害届を出したり刑事告訴したとしても、よほど大規模な詐欺事件に発展でもしない限り事件化は難しいと思います。また、この内容であれば警察は被害者側に対してもかなり厳しく事情を聞くことになることが予想されます。「銀行口座を貸しただけ」という主張については、最初から他人に貸す目的で口座を開設していれば銀行に対する詐欺罪が成立する可能性がありますし、自分がつくった口座を他人が自分になりすまして使うことを知りながら使わせた場合は犯罪収益移転防止法違反の罪に問われる可能性があります(同法28条2項) ――(藤村弁護士談)

 つまり、日本の法律はどちらに味方することもないため2人の主張はどこまでいっても平行線で、仲介に入った「知人」だけが300万円を手に微笑むということになる。「知人」なる人物が本当に存在すれば、だが。

 最後に、徒労と知りつつも天下の慶應義塾大学にも話を聞いてみた。はたして諏訪下氏の主張するように、慶應大にコネをもつ“しかるべき”人物による“しかるべき”ルートを通すことで裏門が開かれることがあるのだろうか――大学本部に取材を申し込んだところ、広報部の担当者はホトホト呆れ果てたという口調で次のように回答した。

 「そのような案件についてお答えすることはないです」

【特別取材班】

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