2024年05月11日( 土 )

TSMC熊本新工場建設で加速する九州・山口と台湾の協力(後)

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台北駐福岡経済文化弁事処
処長 陳 銘俊 氏

 2021年10月、台北駐福岡経済文化弁事処(総領事館に相当)の新任の処長(総領事)として陳銘俊氏が着任した。着任の翌月には、以前から報じられていた半導体ファウンドリー大手の台湾TSMC(台湾積体電路製造)が熊本県における工場建設を正式に発表、今後、関連産業の集積や技術者などの移住により台湾との人的往来、経済協力がますます盛んになることが予想される。九州・山口と台湾の交流を含め陳処長に話を聞いた。

TSMCの熊本新工場建設

台北駐福岡経済文化弁事処 処長 陳 銘俊 氏
台北駐福岡経済文化弁事処
処長 陳 銘俊 氏

 ──TSMCが熊本県菊陽町での工場建設を発表しました。九州と台湾の経済協力の象徴的な存在となり、かつ九州に半導体産業が集約されていくきっかけになると思います。

 陳 現在、世界情勢が非常に急激に変化し、サプライチェーンの確保など経済安全保障への意識が高まっています。仮にサプライチェーンを非友好的な国家にコントロールされ、必要な物資を入手できなくなると、経済活動が停止する事態も想定されます。半導体の重要性が高まるなか、TSMCはサプライチェーンの要となる高度な半導体技術を有しており、今回の熊本での工場建設は、日本とくに九州にとって重要な意味をもつでしょう。

 赴任前に、日本で非常に重要な任務が待ち受けていると聞いていました。当事務所としても、この工場建設・稼働が滞りなく進むようサポートするつもりであり、私は非常に重要な時期に非常に重要な任務を担うことになったと感じています。

 ──TSMCは今回どのような理由で決めたと思いますか。

 陳 TSMCの創業者で元会長兼CEOの張忠謀(モリス・チャン)氏は陳水扁元総統、蔡英文総統の代理としてAPECに出席するほど国に強い愛着をもっており、安全保障についても考慮しての決定だと推察しています。張氏は蔡総統とたびたび面談しており、私は総統府の機要室長時代に同席していました。

 TSMCは日本を含め多くの国と協力関係にあり、ほぼすべての主要国から工場誘致の要請を受けています。そのなかから日本に決めたことについて、日本人の計画性、マナーなどを高く評価し、信頼しているからだと思います。熊本について、私はよい所を選んだと思っており、意外に感じてはいません。なお、各国とも最先端の半導体の製造工場の誘致を要請するのにはためらいがあったようで、その次、またはさらにその次のレベルの技術の半導体の製造工場の誘致を要請したケースが多かったようです。それでも今回の工場建設は大きな意義を有しています。

 日本はかつて世界一の半導体の技術を有しており、TSMCとの協力は、日本がその技術的優位性を取り戻すためのよいチャンスになると思います。この協力は日台双方にとって、技術向上にも寄与する大変意義のあるものになると思います。

 ──技術者など多くの台湾人が工場周辺に住むことになりますね。

 陳 技術者については台湾から連れてくるのか、日本の技術者を雇用して台湾に研修に行ってもらうのか、わかりません。いずれにせよ、台湾から大勢の人が働きに来るのは間違いありません。従業員、技術者のみならず、家族、親戚も日本語の学習などで来るでしょう。学校、住居、下水の整備、商店街など買い物する場が必要です。子弟の教育のため、家族は福岡市に住むというケースも考えられると思います。

TSMC新工場予定地 造成工事の様子(2021年12月撮影)
TSMC新工場予定地 造成工事の様子
(2021年12月撮影)

二人三脚で九州をアピール 

 ──着任後に宮崎県を訪問し、47全都道府県すべてを訪問したことになります。

 陳 日本全国、津々浦々に行きました。すべての自治体にはそれぞれ魅力と物語、他国との交流の歴史があります。台湾との地域交流では、(台湾北部の)新北市平渓区と田川市には、かつて多くの炭鉱があり、石炭文化が栄えていたという共通点があります。平渓の煤礦博物館と田川の石炭・歴史博物館が友好館として、台湾鉄路平渓線と平成筑豊鉄道が姉妹鉄道として交流を行っており、2021年8月30日に両地域は今後も交流を促進するため、友好交流に関する意向書に調印しました。

 同7月、豊前市と当処の間で「豊前市と台北駐福岡経済文化弁事処との協定」が締結され、同8月には豊前市と台湾の私立科学技術大学校院協進会(66大学が加盟)との間で教育交流を目的とした覚書を締結されました。双方の学生同士の訪問および研修やインターンシップの促進、台湾の学校の豊前市における学術拠点設置への協力、豊前市の国際教育環境推進の支援などが盛り込まれました。

 自治体の皆さまには、台湾と何か交流を行いたいと希望されるのであれば、ぜひ連絡してほしいです。福岡県のイチゴ、柿などをはじめ、九州・山口にはすばらしい農産物が多くありますが、海外で知られていないものもまだ多くあります。佐賀市を訪問した際に、日本で初めて大砲が鋳造され、蒸気機関車が製造され、外国語教室が設立された場所であることを知りました。こうしたことは、アピールされなければ私達外国人はなかなか知ることができません。

 ただ、魅力がたくさんあるといっても、外国に向けてどうアピールしたらよいのかわからない、あるいはピールできるものはあまりないと思っている自治体もあるかと思いますが、台湾人が魅力と感じる点に気付いていないだけだと思います。来日時に九州が選ばれるよう、九州の魅力についてアピールを強めるべきだと思います。

 台湾人は日本が好きなので、情報を発信すれば受け入れやすいです。私たちは自治体の協力を得て、お手伝いさせていただきます。台湾から人を呼んでくるか、ワーキングホリデーまたは留学生として日本に滞在している台湾人に、SNSやYouTubeなどを通して台湾向けに宣伝してもらうことを考えています。大きな費用をかけずに宣伝することができますし、双方に友人ができます。私も真っ先に訪問させてもらいたいと思います。

 昨年11月、柳川市の(北原)白秋祭に外国人として唯一出席しましたが、私たちはその魅力や意義、川下りの面白さなどについてより多くの台湾人・友人に共有したくなり、SNSなどに投稿しました。柳川市長はこうした宣伝の意義をご理解いただいていると感じます。なお、北原白秋は台湾を訪問したことがあり、歌のなかで台湾について多く記しています。九州に縁のある文化で台湾に関係するものなどは興味をひきやすいと思います。

 当処は、首長と二人三脚でアピールしていきます。私は「九州のために仕事をする九州人」を自負しており、台湾人でもあり、九州人でもあります。それが私の使命です。

 ──昨年9月、台湾はTPPへの加盟を申請しました。TSMCと同じく今後の日本・九州と台湾の経済関係に影響をおよぼす案件です。

 陳 台湾のTPP加盟申請は、TSMCの新工場と同様に、日本のサプライチェーンに大きく関わる重要な事柄です。TPPに台湾が加入することは日本およびTPPの現メンバーにとって、サプライチェーンを強靭なものにできるというメリットがあり、また台湾からの投資を日本に誘致する呼び水になるでしょう。日本はこれらのメリットを踏まえ、戦略的な観点から考え、立ち振る舞うべきだと思います。日本は政治上、TPPの実質的なリーダーであり、関係国への説得において強い影響力を発揮できます。岸田文雄首相は台湾のTPP申請を「歓迎する」としており、米国も後押しする姿勢を示しています。

 TSMCの工場が熊本に設立されるからには、九州はそれに応え、台湾のTPP加盟のために先頭に立ってアピールするという重要な役割を発揮してもらいたいと思います。困難なときに友人に支援の手を差し伸べることはとても感謝されるでしょう。中山泰秀前防衛副大臣は日本、とくに九州と台湾の関係は、もはや友達の関係ではなく、兄弟、家族のような関係だと述べており、私も同意見です。双方で関係を大切にできればと思います。

(了)

【茅野 雅弘】


<プロフィール>
陳 銘俊
(ちん めいしゅん)
1964年台湾花蓮県生まれ。中国文化大学韓国語学科を卒業後、台湾外交部入り。台北駐日代表補佐官や台北駐ボストン経済文化弁事処副処長(副総領事)、総統府機要室長などを歴任。2021年10月に台北駐福岡経済文化弁事処処長(総領事)に着任。慶應義塾大学、大阪外国語大学(博士)に留学、カリフォルニア大学バークレー校、ハーバード大学客員研究員を歴任。趣味は語学研究で、台湾の原住民語からアジア、ヨーロッパの言語まで10数言語を操る。

(前)

法人名

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