重要なのは「技術」から「ビジネス」への視点転換 来るべき自動運転でビジネスチャンスを切り拓く

(株)ストロボ 代表取締役社長
自動運転ラボ主宰
下山哲平 氏

 自動運転の実用化は海外で急速に展開しているが、なぜ日本では遅れているのか。実は自動運転で真に問われているのは「技術」ではなく「ビジネス」の視点だ──そう語るのは、自動運転ラボ主宰の下山哲平氏だ。自動運転ビジネスの勝敗を決するものはなにか、そしてビジネスを構想するにあたっての重要なポイントについて話を聞いた。

運行しているWaymoの無人タクシー 出所:Waymo
運行しているWaymoの無人タクシー 出所:Waymo

自動運転技術の現状 レベル3、4の急展開

 ──直近の自動運転の技術と市場の状況について教えてください。

 下山哲平氏(以下、下山) 2024年を振り返ると、世界的にレベル4(高度運転自動化)による自動運転タクシーの実用化が大きく前進しました。アメリカではWaymoを筆頭に完全無人のタクシーサービスが都市部で着実に広がりつつあります。サンフランシスコやフェニックスなどでは、普通の人が当たり前のように無人タクシーを利用する日常が実現しています。これはこの1年での急速な変化です。また、中国でも北京など特定エリア内で自由に走れるレベル4ロボタクシーが増えてきました。アメリカと中国がけん引するかたちでレベル4の開発競争が続いています。

 レベル2(部分運転自動化)も技術は向上しており、とくに高級車に搭載されるものは、テスラなども含めて、実質的に自動運転に近い性能になっています。しかし、レベル3(条件付運転自動化)は、開発が一時期停滞していました。それは、レベル3がある意味一番中途半端で、人間が運転席にいる必要があり、特定の場所・条件でしか使えないため、それなら無人で人を運べるレベル4で良いとも考えられたからです。

 ところが、自動運転開発には膨大な費用がかかるものの、まだメーカーはどこも儲かっていません。そこでここ1年ほどで、マネタイズするために高級車を中心にレベル3の市販化が増え始めました。メルセデス・ベンツなどがその例です。無人タクシーの社会実装が急速に進展したものの、レベル4は一般消費者向け製品に適さないため、マネタイズ用にレベル3の市販化も進んだというのが、この1年で急速に展開した技術・市場動向の特徴です。

メルセデス・ベンツがリリースしたレベル3「Drive Pilot」搭載車 出所:Mercedes-Benz USA
メルセデス・ベンツがリリースしたレベル3「Drive Pilot」搭載車
出所:Mercedes-Benz USA

社会実装が進まない日本の国民性

 ──日本の状況はどうなのでしょうか。

 下山 レベル3は海外勢が進んでいるのに対し、日本はまだレベル2しか市販されていません。日本のレベル2の技術は世界最高といえるものですが、レベル争いでは出遅れています。

 最も顕著に出遅れているのがレベル4です。日本では社会実装としてのレベル4をまだ実現できていません。最近、日本交通などが都心で自動運転タクシーの実証実験を開始すると発表しましたが、これはあくまで実験段階であり、運転席に人が乗っている状態から始まるため実質的には無人運転ではありません。アメリカですでに一般人が完全無人のタクシーを普通に利用している状況と比べると、雲泥の差があります。

 ──なぜ日本ではこれほどまでに社会実装が進まないのでしょうか。

 下山 法制度の問題もありますが、一番の要因は社会実装に慎重すぎる国民性です。日本で自動運転の無人タクシーが実装化されても、一度でも重大事故を起こしたら翌日から運行停止になることが目に見えています。一方、アメリカではテスラのレベル2で何度か大きな事故が起きていますが、販売停止にはなっていません。事故の発生後は、原因の究明や改善が行われます。技術の進展にはある程度の失敗や事故は避けられません。しかし、日本では初期のトラブルに対してメディアや国民が過敏に反応する風土があり、「先陣に立った人が損をする仕組み」とでもいうものがあります。

 そのため日本では、新しい技術は完璧になってからでないと市場投入しないというメーカーのスタンスが定着しています。日本企業で最も技術的な蓄積が進んでいるのはトヨタですが、トヨタが日本で最初の自動運転実用化に踏み切ることはないでしょう。一番バッターが一番損するのが日本であり、失敗しても一番バッターが賞賛されるアメリカとは対照的です。

 そのような国民性があるので、企業も自動運転の法規制緩和を求めるような国内のロビー活動には消極的で、自動運転を後押しする法制度の検討も進みません。日本で公道における実証実験が進まず、走行データの蓄積もできない。これでは海外と差が開くばかりです。実際24年はアメリカや中国との差が一段と開いた一年になってしまいました。日本が巻き返すには、まずこの慎重すぎる文化や仕組みを変えていくことが必要でしょう。

 国内のポジティブなニュースといえば、日本最大のタクシーグループである日本交通が、配車先としてWaymoの自動運転タクシーをパートナーとして選んだことです。状況を変える可能性があり非常にポジティブだと評価しています。

「技術」に縛られる日本 欠落する「ビジネス」視点

 ──社会実装に慎重すぎる国民性以外の点で、日本が自動運転の分野で遅れをとっている要因はありますか。

 下山 AIであれ自動運転であれ、新しいサービスを実現するにあたってのアプローチにおいて、日本と海外では大きな差があります。それはビジネスの視点です。とくにアメリカでは自動運転に対するビジネス視点が大きな推進力になっています。つまり自動運転の可能性について、どのような需要を生み、どれほどの規模のマーケットが成立するかという視点から考えることです。

 自動運転が実現すると、あらゆるビジネスが自動運転を活用すると考えられます。その結果、自動運転はマーケットとして2035年には700兆円、世界最大の産業になるといわれています。それなら今から何百億ドルを投資して自動運転を生み出していこうという考え方、これがビジネス視点での考え方です。

 一方、日本はあくまでも技術的な関心から、自動運転やAIといった新技術の開発に取り組もうとすることが多い。この違いが投資額の規模やスピード感、本気度の大きな差を生んでいます。

「技術」へのこだわりはビジネスの失敗につながる

 下山 そして「技術」視点に縛られることの大きな問題がもう1つあります。技術を中心に製品開発を考えると、ビジネス上では大きな失敗につながりかねないということです。現在普及しているレベル2が市販車に実装されたとき、決して販売価格の大幅なアップにはつながりませんでした。世界中の企業が競い合って自動運転をはじめとしたさまざまな技術を開発している今日では、新技術はすぐに汎用化してコモディティ化するため、差別化要因にはならないのです。つまり、自動運転という技術はビジネスにならないと考えるべきです。

 重要なのは、自動運転を利用して成立するサービスです。それらを指す概念として私が自動運転黎明期に言い始めたのが「自動運転ビジネス」です。かつてインターネットが登場し2000年代以降あらゆる活動の基盤になったように、自動運転の登場は社会インフラを変え、あらゆるものが自動運転を活用したビジネスに変わっていくと考えられます。この新しいビジネスを現時点でどのように想定し、新サービスと人間との接点をいち早く押さえていけるかどうかが、自動運転ビジネスで成功するための重要なポイントになります。

自動運転が変える移動の損益分岐点

 ──自動運転のビジネスチャンスを探るにあたって、どのような点を中心に考えるべきでしょうか。

 下山 まず冒頭でお話しした自動運転タクシーは、今後、普及の拡大が世界規模で指数関数的に進んでいくと見られます。そのロジックは、普及率が上がればコストが下がる、人間が運転するタクシーよりも無人タクシーが選ばれるようになる、すると多くの事業者が参入して競争原理が働き、利便性の向上や、さらなるコスト低減につながる。まさに好循環による普及のロジックです。今、世界はその入り口にきて、これから10年はそのフェーズになります。

 自動運転が新ビジネスを切り拓く大きな要因は、圧倒的なコスト低下のインパクトです。人間が運転していたらコスト的に実現できなかったビジネスが、自動運転で可能になるということです。インターネットの登場が、それまでコスト的に実現不可能にしていた多くのサービスを可能にしたのと同じことが、自動運転の登場で再び起きます。

 これから新しいビジネスチャンスを探るにあたっては、コストとともに頻度にも着目すべきです。人がやる場合にコストと頻度に限界があったもの、たとえば、ネットスーパーで毎日使う食材を買う場合、ネギ1本だけを配送することはコスト的に不可能でした。

 しかし、完全自動運転が実現すれば、輸送コストは10分の1以下になるといわれます。ネギ1本をたとえば15円で配送できれば採算が取れます。人の手では実現できなかった小ロットの高頻度サービスが可能になることで、さまざまなビジネスチャンスが生まれます。

 先ほどのタクシーの場合、東京23区の初乗りが550円ですから、10分の1になれば55円です。ユーザーは今よりもはるかに気軽に利用できるようになり、たとえば、月額200円で乗り放題のようなサブスクモデルも考えられますが、それだけではありません。初乗り55円なら、むしろ無料にして、移動データや広告収入などでユーザー以外から収益を得る新しいビジネスが、自動運転の周辺で新たに生まれることが考えられます。

ビジネスの勝負は自動運転以前に決まる

 下山 そして自動運転ビジネスを考えるうえで最も重要なことは、自動運転ビジネスの最大の競争ポイントは「自動運転ではない」ということです。

 ──どういうことでしょうか。

 下山 自動運転ビジネスの勝者となる一番のポイントは、ユーザーとの接点を押さえることです。自動運転が応用できるサービスでユーザーとの接点をいかに早く抑えることができるか、そのプラットフォームを自動運転の登場前に確立できるか、そこですでに勝負はついているということです。

 自動運転技術自体は車と同様、いずれコモディティ化するため、誰でも利用することができるようになります。よって技術にこだわってもビジネスチャンスはありません。いずれ登場する自動運転が威力を発揮するサービスのプラットフォームを押さえることがポイントなのです。

 Uber やUber Eatsが押さえたのはまさにそこです。自動運転が登場することを見越して、将来、自動運転が担当する部分を人力で賄いながら先にプラットフォームを確立したのです。コロナ禍前には膨大な赤字を垂れ流していましたが、それを上回る資金を調達することができたのは、まさに自動運転ビジネスとしてのUberの将来性を投資家たちが評価したからにほかなりません。先にプラットフォームを押さえてしまえば、早晩、自動運転が登場して一人勝ちになることはわかっているからです。

 自動運転ビジネスは自動運転が実用化される前に勝負が決まる世界であり、自動運転が登場してからサービスを考え始めても遅いのです。

デリバリーロボット 出所:Uber Eats Japan
デリバリーロボット 出所:Uber Eats Japan

移動運転ビジネスのさらにその周辺に注目

 ──具体的にどのようなサービスが登場しようとしていますか。

 下山 物流や配送とは逆の発想として、移動店舗(モバイルストア)があります。アメリカのRobomart社が、「ストアヘイリング」と呼ばれる移動販売形式に着目して、スマホで無人店舗を自宅まで呼び出す仕組みの構築を進めています。また、スマート農業や建設領域も有望です。自動運転技術は、自家用車よりも先に農業機械や建設機械で実用化が進んできた経緯があります。

Robomartの移動店舗 出所:TechCrunch
Robomartの移動店舗 出所:TechCrunch
PIX Movingとの提携による車両イメージ 出所:Robomart
PIX Movingとの提携による車両イメージ 出所:Robomart

 しかし、もう1つ重要な点は、自動運転技術を直接利用するビジネスばかりに注目すべきではないということです。自動運転ビジネスの周辺で新たに生まれるビジネスも想定されます。たとえば無人タクシーのなかで広告が表示される場合、移動データと効果的な広告の相関関係をAIで解析するビジネスなども想定されます。

 このように自動運転ビジネスを考えるにあたっては、まず技術視点から離れて、未来にどのようなマーケットが生まれるのかというビジネス視点に立ち、さらに自動運転を応用する場面だけでなく、自動運転ビジネスの周囲で新しく発生する需要を想像することが重要だと考えます。

【寺村朋輝】


<PROFILE>
下山哲平
(しもやま・てっぺい)
(株)ストロボ代表取締役社長 / 自動運転ラボ発行人
下山哲平大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億円から700億円規模への急拡大をはたす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、(株)ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。18年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。主な著書として『自動運転&MaaSビジネス参入ガイド』『“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方』(共著)など。
自動運転ラボ https://jidounten-lab.com

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